04水場でひととき羽休め



 目が覚めても、夢は続いていた。
 暖かな日差しに穏やかな風、小鳥たちが鳴く声が目覚ましに……というより、普通に騒がしい。鳥がたくさんいすぎる。大自然。
「おはよう、ナマエ!」
 そこにひときわ大きく発せられる挨拶。洛竹は朝から元気だった。
「腹減ったろ? 朝飯食おうぜ!」
 まだ寝ぼけていた私はそこでようやく自分が寝起きの酷い姿でいることに気付いた。
「その前に、顔洗ってもいいですか……?」
 いまさら遅いけど、両手で顔を隠しながら、洛竹に水場に案内してもらった。何も考えず手を突っ込んだらけっこう冷たかった。でも、おかげでさっぱりした気持ちになって、天虎たちが待つところへ向かう。今日の朝食は果物だ。新鮮でみずみずしい。これでパンもあれば、ちょっとしたホテル気分になれそう。
 でもここは、コンビニもスーパーもない。
 車の行き交う都会から、動物たちでいっぱいのこの島には、不思議な方法でやってきた。風息が言うには、霊道というワープゲートのようなものらしい。風息も転送術が使えるんだと思ったけれど、俺の力じゃないと言われてしまった。風息が使えれば、すぐに帰れるかもと思ったんだけどな。風息と一緒にいる洛竹、虚淮、天虎も、みんなそんな術は使えないみたい。洛竹は風息みたいに木を操り、虚淮は水を、天虎は火を操ると教えてもらった。天虎は昨晩の歓迎会で火を吹いて肉を焼いて見せてくれた。虚淮は自己紹介をしてくれなかったけど、洛竹がなんでも凍らせられるんだと教えてくれた。

「この辺までがだいたい俺たちの活動範囲かな。あんまり遠くへいくとけものの縄張りに入って怒られたり、迷子になったりしそうだから注意しろよ」
「はーい」
 朝食のあと、洛竹が森をざっくりと案内してくれた。緑深いこの島に、彼らのような大きな妖精は他にはいなかったけれど、小さな白いふわふわしたのや、きのこのように地面に生えているのや、蝶のようなのといった、曖昧でつかみどころのないものがあちこちを漂っていた。本当にここは、神秘的な力で満ちた場所なんだ。
 そんなところに、私みたいなのがいるのがちょっぴり申し訳なくなるのと、受け入れてもらって嬉しい気持ちと。
 すぐに帰れないことは困ったけれど、こういうところで過ごせるなら悪くないんじゃないかって思う。お父さんお母さん、心配かけてごめんなさい。ナマエは妖精たちと元気に暮らしています。なんて手紙を書いたら、余計に心配を煽りそうだけど。
 とはいえ、問題はいくらかある。
 そのうちのひとつがお風呂だ。昨日から入れてないので髪がぼさぼさになってきていると思う。
「あのねえ、洛竹……」
「どうした?」
 どうすればいいか聞きたいけれど、微妙に聞きづらい。妖精とはいえ、見た目は普通の男の子だし……。
「えっとねえ、みんな、お風呂ってどうしてる?」
「お風呂?」
「水浴びとか?」
「ああ、そうだなぁ」
 洛竹の顔を見ると、どうやらお風呂を重視していないらしいことがわかる。うーん、五右衛門風呂もないかんじですかね……。
「朝顔洗ったところ、あそこだったら浅いし流れもゆっくりしてるからいいんじゃないか」
「じゃあ、そこで」
 温水がいい、なんて贅沢は言えない。タオル代わりの大きめの布をもらって、洛竹に見張りをしてもらいつつ水浴びをすることにした。
「ひゃあ、冷たい……」
 そっと足を浸けてみると、ひやりとした。でも、我慢できないほどじゃない。靴の中で窮屈していた指先をぐっと伸ばすと、指の間を水が流れていってくすぐったい。
「あは、気持ちいい」
 ばしゃばしゃと脚で水を掻きまわしながら馴らしていって、考える。ここには洛竹たち以外に人はいないし……大丈夫だよね?
「洛竹!」
「なんだー?」
 試しに呼んでみると、木の向こう側から返事があった。
「ちゃんと見張っててね!」
「おう、任せとけ!」
 うん、頼もしい返事だ。よし。
 私は思い切って服を脱いだ。寒い。ぎゅっと縮こまって水の中に肩まで沈める。
「ふう、つめたいー」
 顔を水面につけて、髪を洗う。シャンプーがなくても、ここの水を使えば綺麗になれそう。毛先を水でゆすいで、指で絡んだ毛を梳いていく。水音以外は静かで、ときおり鳥の鳴き声がするだけだ。
「洛竹ー?」
 なんとなく不安になって名前を呼ぶ。
「ちゃんと見張ってるぞー」
 そうすると、すぐに返事を返してくれる。
「ふふ」
 結構さっぱりした。そろそろ寒くなってきたのであがろうと立ち上がったとき、近くの草むらが揺れた。
「あ」
「あ」
 風息と天虎がそこから顔を出して、こちらを見ていた。
「きゃあー!?」
「うわっ」
 考える前に水を手ですくって風息に掛けて川から慌てて上がり、タオルを身体に巻き付けて丸まった。
「ナマエどうした!? あれ、風息?」
「……なんなんだ、一体」
 慌てて駆け寄ってきた洛竹はずぶぬれの風息を見て首を傾げる。
「洛竹、見張っててって言ったのに!」
「えー、けものとか見張ってただろ……」
「そっちじゃなーい!」
「なんで俺は水を掛けられたんだ」
「もう! みんなあっちいって!」
 ごちゃごちゃ言ってる面々をどうにか木の向こうに追いやって、もう誰も現れないことを確認しながら、私は素早く服を着た。


「お前は何を怒ってるんだ」
 着替えてみんなの元に戻ってきたものの顔を合わせづらいなともぞもぞしていたら風息がむすっとして言った。
「怒ってはいないけど」
「ならなんで水を掛けた」
 う、根にもたれてる。
「普通そうでしょ……」
 もごもご言うと、風息は鋭い視線をこちらに向けた。
「人間は人に水をかけておいて謝りもしないのか」
「そうじゃないけど……。ごめんなさい」
 威圧感があって誤魔化すなんて許さない雰囲気だった。確かに、いくらなんでも水をかけるのはやりすぎた……と思う。
 それに、相手は妖精だ。こういうことについては、人間とは感覚がちょっと違うのかもしれない。
「でも、人間の女子は男子に裸を見られるのすっごく恥ずかしいの!」
「なんか、ごめんなナマエ」
 やっぱり洛竹は私が言いたいことをいまいちわかっていないようだったけれど、わからないなりにも申し訳なさそうにそう言ってくれた。
「今度はちゃんと見張るよ」
「……。俺も、水浴び中は近寄らない」
 風息はそう言いながら立ち上がり、虚淮にも伝えておく、と言ってどこかへ行ってしまった。
「あ、ありがとう!」
 慌ててその後ろ姿に言ったけれど、聞こえたかどうかわからない。風息、むっとした顔してた。私、やっちゃったかなぁ。
「大丈夫、怒ってないよ。あいつも」
「洛竹……」
 しょんぼりしている私の肩を、洛竹がぽんぽんと叩いてくれた。
「私、洛竹がいてくれてよかった……」
 しみじみそう思った。
「え、あ、そうか?」
 洛竹はどぎまぎしていたけど、そのうちそうだ、と思い出したように言った。
「今度街に行くんだけど、一緒に行くか? なんかいるものとかあるだろ?」
「行く!!!」
 本当に洛竹がいてくれてよかった。私は洛竹の手をしっかりと握って頷いた。

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