17:His dying during
全て終わった、とは言いがたい。むしろ、さらなる厄介な問題が発生してしまったわけだ。一段落はいつ迎えられるのか。
とにかく、今は悩んでも仕方がない。一度帝都に戻って、今後のことを話し合うのがいいだろう。セシリアが落下する魔核からアレクセイを庇ったようだし、色々と奴に問い詰めねばなるまい。
いつまでも星喰みを見上げるのをやめて、踝を返したとき、金属同士が擦れる音がした。
「フレンか?」
強敵を倒し、それ以上の難敵が現れたものだから、頭に血が昇っていたのかもしれない。このときは、恐らく冷静な判断ができなかった。
いつもなら気がつく殺気に、気づくことができず。
目の前に迫った脅威を前にも無防備に晒していた脇腹に、何かがぶつかった。
ぐり、と皮膚を裂いて、冷たく、硬いものがずぶりと深く、突き刺さる。
「……え?」
身体が揺れた。魔核落下の衝撃で地面が崩れ、足場が滑り落ちる。下は海だ。
何が起こったのか、と見開いた目に、オレンジ色の髪をした女の騎士が写った。
驚愕に瞠目した姿は、一瞬で視界の上に消える。フレンの副官、ソディアから見れば視界から消えたのはユーリの方だった。脇腹に突きを受けた衝撃で後方によろけ、壊れていく足場と共に遥か下の海へと落ちていった。
――油断した、な。
ユーリは自嘲する。不思議と脳裏は冴えていて、他人事のように事態を俯瞰するユーリの身体を風がすり抜けて行った。
傷を見ることができないからどれくらいの深さかわからないが、痛みを感じない。だから結構やばい傷なんだろうと思う。一メートル落ちるごとに血液が抜けていくようだった。
――俺も恨まれたもんだ。
繰り返し見た悪夢――自分が手に掛けた悪党たちの亡霊は怖くなかった。冷酷な目で、裁きを下すのはいつも、自分が愛した者たちだった。
――セシリア。
手を離したのは自分だ。たとえ彼女を失うことになっても、この道を選んだのは自分だ。
――お前は、きっと俺を許さないんだろうな。
それでいい。恨まれるのは、日の差さない道を往くのは、自分一人でいい。それで充分だ。ザウデを攻める道中だけは、今までのように、肩を並べて戦えた。蟠りを持つ時じゃないと、お互い普通に接することができた。だから、こうも達観できるのかもしれない。
最後に、いい手土産を貰ったもんだ、とユーリの口元は微笑を浮かべた。
手傷を受けただけならまだしも、海上数百メートルを落下しているのだ。これで死なないわけがない。なのに、心はすでにそれを受け入れてしまっている。
――これが今までの行いの報いだっていうんなら……。
受け入れようか。
自分がやるべきことはここまでだ。あとにはフレンがいる、カロルがいる。あいつらがいる。
ここで死ぬならそれまで、足掻いたところで延命は無理だ。
耳元で風が唸る。指先は凍えたように動かなかった。
――お前と、一緒にいられないんなら。
――そんな人生、だらだら生きてもなんの意味もないしな。
焦点のぼけた目を、空に向ける。空はどんどん離れていく。焦点を合わせる力も残っていないらしい、ぼやけた紫の空。せめて最後にあいつの顔を思い出したい、そう思うのに、どうしてか頭の中は真っ暗で、視界を何か大きな影が横切ったのを最後に、ユーリは意識を手放した。
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