12:You voice is the source of power

 その光を、セシリアは城の正門前で見た。城の頂上――御剣の階梯に巨大な紋章が浮かび上がったと思うと、強烈な光を生み出した。放たれた光は全方位に渡り、草原を駆け抜け、海を波立たせた。
 光の効果はそれだけでなく、水平線の彼方に、呼応して光の柱が打ち上がった。膨大な量の光が、遠く帝都の上空にまで及ぶ。すべてを放出して光が消えたあとは、不気味な静寂だった。
「何か……建物が浮かび上がったみたいだ」
 目のいいリオは海上に目を凝らして、そう言った。帝都の魔導器が何らかの動作をして、海上の魔導器を起動させたのだろうか。ここから目視できるのなら、相当巨大なものだ。
「あいつら、何やってるのよ……」
 やはりついて行けばよかったか、と歯噛みして城を見上げる。あの上で今何が起きているのか、知るすべはない。
「上にいるの、騎士団長なんだろ」
「そうよ」
「」

「もう少しだ! 敵勢力は半分以下だ。踏ん張れ!」


 戦闘機械。エアルを動力にした、自立機動型魔導器だ。アレクセイは十年前の人魔戦争を機に、これら戦闘機械の開発に力を入れ、年を経るごとにその性能は上がっていた。フレンは一度、演習でその戦力を間近で見ている。
 痛みを知らず、恐れることのない鋼鉄の兵士。それを敵として戦うということは、人はもちろん、魔物を相手にするのともまったく違う手応えだった。
 機械を敵とした戦闘は想定されていない。だが彼らはそう戸惑うこともなく、未知の敵を前に、冷静に対処していた。
「機械の行動パターンは単純です! 攻撃の動作をしたらすぐに退いて下さい! そのあとに大きな隙が生まれますから!」
 馬上から声を涸らして叫ぶのはウィチルだ。彼は機械の放つレーザーを避けながら、その動きを観察して、攻撃の種類とその数、有効範囲、そして行動後に硬直する秒数を看破した。数が圧倒的だとはいえ、所詮は機械。常に状況を判断し、臨機応変に戦う人間の前ではただの鉄の塊になり果てていた。
「今第二ラインを突破した! このペースで進むんだ! 焦らず、確実に敵の急所を付け!」
 馬を駆り、誰よりも前線に立って、フレンは剣を振り上げる。
 平原一帯に散らばった機械の大群の防衛ラインは、隊長を先頭に一点を突いて攻めてきたフレン隊によって、一部が大きくへこんでいた。さながら黒い布を緑の矢が切り裂いていくがごとき進攻である。
「はぁっ!」
 横合いから蟷螂の前足のような部位を突きだしてきた機械に、ソディアが鋭い突きをもって返す。洗練された動きに制御され、剣先はまっすぐに機械の心臓部を捉え、一撃でその動きを止めた。返す刀で、隊長の背後に接近した一機を叩き潰す。彼女の手によって破壊された機械は、隊長に次ぐ数に上った。
 騎士は最小限の力で、確実に敵兵力を潰していった。
 ――だが、これでは……。
 周囲を一望して、フレンは唇を噛む。
 ――数が多すぎる。
 いくら倒しても、機械は次から次へと現れた。倒した場所に、次の瞬間には傷一つない機械が立ちふさがる。見渡す限りの平原に等間隔で並び、一定の速度で行進する機械の姿は、燃え上がる騎士たちの気力を覆い、飲み込んでしまうような不気味さがあった。
 ――ここを、突破さえできれば
 何もすべてを倒す必要はない。帝都に辿り着くことが第一だ。すでにフレンたちは機械群の真ん中にいる。
 道を切り開く騎士たちの剣に疲れは見えない。奮い立った心は、萎れることを知らないほどだ。
 ――いける。
 必ず突破できる。
 彼らの心が折れない限り、機械の兵などに負けたりはしない。

「――隊長!」

 ソディアの甲高い声に、フレンははっと帝都を振り仰いだ。都の頂上に聳える巨大な剣――帝都を守る結界魔導器が、目も眩む強力な光を全包囲に向かって放った。
 光と共に、衝撃波が草原を吹き抜ける。さらに、地の底から揺さぶられたように大地が震動した。フレンは顔を手で庇い、馬が怯えないよう手綱を強く引いて押さえる。
「くっ、これは……っ」
「隊長っ!」
 馬が嘶き、強く横へ押されて足踏みする。手綱を捌いて馬を宥め、なんとか踏み止まった。馬がいた場所が機械の攻撃で焼け焦げ、煙が立ち上る前に攻撃をした機械自体がそのひしゃげた体から白煙を吹き出した。ソディアは機械から剣を引き抜き、飛び下がってフレンの元へ戻った。
「ソディア!」
「隊長! ご無事ですか!」
「ああ! ――皆も平気か! 直ちに体勢を立て直せ!」
 フレンは一瞬ソディアと視線を交わし、騎士たちの安否を確認する。幸い不意を突かれて襲われた者はいなかったらしく、光が発せられる前と変わらない様子であの衝撃にも怯まなかった機械と交戦していた。
「フレン隊長!」
「ウィチル! 今の光は何かわかるか!?」
「いいえ……っ、ですが、結界魔導器ではなく、その上……御剣の階梯から発せられたもののようです!」
「攻撃か?」
「いいえ……!」
 ウィチルは迷わず否定し、東の海上へと険しい表情を向けた。
「何かが……巨大な何かが、海底から現れたんです……!」
「海底から……!?」
 ウィチルの視線を追い、青い水平線を睨む。そして、遙か彼方の海洋に、今まではなかったはずの、黒い影を発見した。距離から考えるに、それは船ではありえない。ヘラクレスよりも巨大だ。
「島……?」
「……あっ、機械が!」
 突然、ぴたりと機械が動きを止めた。それまで、規則正しく動いていたモーター音が消え、平原は静まり返った。
「皆、気を抜くな!」
 予期せぬ行動に、フレンは注意を飛ばす。騎士たちが身構える中、同じように唐突に、そして一斉に機械が動き始めた。ゆっくりと東に向きを変え、一律に同じ方角に直る。平原に広がったすべての機械が、同時に、騎士たちの存在など忘れてしまったかのように、まっすぐ東へ進み始めた。
「これは……撤退、してるんでしょうか……」
 ウィチルも判断に困ったように呟いたが、フレンは機械たちが攻撃をする様子がないことを見て取ると、馬の鼻先を帝都へ向けた。
「この機に、一気に歩を進める! 警戒は怠るな! 帝都へ行くぞ!」
「おお!」
 東へと行進する機械たちの合間を縫うように、騎士たちは全速力を上げて南へ駆けだした。

 *

「エアルが消えたわね」
 毒々しい赤を見慣れてしまったせいか、連なる屋根が妙に色褪せて見えた。しかしそれもすぐに補正され、セシリアはようやく、慣れ親しんだ帝都の姿を見ることができた。
「上で、何かあったんですかね」
「他になにかある?」
 頭上を指さして見せるリオを振り返りもせず、セシリアは素っ気なく言った。数分前、自分たちの頭上、結界魔導器のある辺りから、何かによって強力な光と風圧が放出された。そのエネルギーが帝都に溜まっていたエアルをすべて吹き飛ばしたのだ。
「一緒に魔物も消し飛んでてくれればいいけど。……あれ」
 城の敷地から踏みだそうとして、セシリアはふと足を止めた。北の平原を、帝都目指して何かが動いているのが見えた。
「あれ、騎士団ですよ」
 リオがセシリアの見つけたものの正体を教える。
「親衛隊か?」
「いや、鎧が違う。青いマントの……」
 眉間に皺を作って訊ねたフェリクスに、リオは目を細めながら首を振った。青いマント、と聞いて、セシリアは自分の鼓動が跳ねたのを感じた。
 その予感は、感じたときにはもう確信に変わり、セシリアの目元を緩ませた。
「……珍しく、遅いじゃない」

 *

 市民街辺りまで降りると、改めてエアルがすっかりなくなったことが確認できた。街の隅に淀んでいるということもない。代わりに白い日の光に照らされて、街が見るも無残に破壊されてしまったのが浮き彫りになった。エアルの濃度の関係か、下に下るほどその被害は大きくなる。
「これは、復旧にかなり時間が掛かりそう」
「クルジに言って、大工ギルドを寄越してもらえばいい」
 ぼろ儲けじゃん、とフェリクスは笑った。それがいいわね、とセシリアも笑みを浮かべた。
「……首領」
 前を歩いていたリオが足を止め、セシリアを振り返り、顎で曲がり角を示した。大勢の足音がセシリアにも聞こえた。響くのは蹄の音と、鎧の音。
 セシリアはリオを追い越し、歩き出した。この大通りは、ほとんど無傷で済んでいる。両者は、通りの角で向かい合った。
「……セシリア?」
「よ、フレン」
 馬上から幼なじみを見下ろした顔は、隊長の威厳もなにもなく、ぽかん、と呆けていた。そんな少々間の抜けた、無防備な表情を面白く見上げながら、セシリアは手を挙げてみせる。
「無礼だぞ、この方をどなただと……」
「私の友人だ、ソディア。いいんだ」
 すぐ横に控えていたソディアはセシリアの軽薄な態度に不快を露わにしたが、当のフレンは早口にそれを窘め、また部下たちに弁解するように言いながら馬を下りた。
 そして極力ゆっくりと歩み寄りながら、まだ驚きを秘めた青い目はずっとセシリアを映していた。
「隊長……」
「彼女と話がある。ここで待っていろ」
「はっ……、はっ?」
 言われるまま頷きかけたソディアだったが、フレンがぱっとセシリアの手を掴み細い路地へ消えてしまったので、思わず声を裏返した。
 あまりに突然で、突拍子もない隊長の行動にまったく思考が追いつかず、他の騎士同様に、呆気に取られてその場に立ち尽くした。それはリオたちも同じことで、意表を突かれて置いてけぼりにされてしまったが、すぐに追いかけることもできなかった。

 *

 路地の裏まで来ると、フレンは立ち止まりながら器用に身体を反転させ、セシリアと向き直った。腕を伸ばし、飛び込んできた身体を受け止めると同時に引き寄せる。しっかりとその形を腕に納めて、懐かしい温もりに息を詰まらせた。
「会いたかった……」
「バカっ」
 二人はほとんど同じタイミングで口を開き、さらに腕に力を込めた。
「ごめん、あんな手紙を……」
「心配したんだから! すっごく!」
「心配させてしまうって、わかっていたのに」
「頼ればいいじゃない、遠慮してんじゃないわよっ」
「でも、君にしかこんなこと言えないから……。君のことを思い浮かべたら、書かずにはいられなくて」
「返事出せなくてごめんね。ほんとはすぐに飛んで行きたかったんだけど」
 互いに思いの丈を早口で吐露し合いながら互いの顔を見つめ、また抱き締め合い、再会の喜びに突き動かされるまま慰め合った。
「……思ったより、元気そうじゃない」
 潤む目を細めて、フレンの凛々しい顔を眩しそうに見上げたセシリアの目尻を、フレンは親指で拭った。
「君に、会えたからだよ」
 フレンは深く長く息を吐いて、疲労していた肉体が内側から暖まり、隅々まで漲っていくのを感じた。優しい彼女の声が絶望の苦しみを昇華し、困難へ立ち向かう勇気を与えてくれる。
「……首領ー?」
 通路から困ったように呼ぶ声がして、二人に時間があまりないことを思い出させた。
「フレン、私も会いたかった」
 セシリアは急いでそう言うと、フレンを引き寄せて頬に口づけをした。フレンも身を屈めて、セシリアの頬に唇を押しつけた。
 再度首領、と催促する声に引っ張られて、セシリアは通路へ駆け戻った。
「エアルはあの光で吹き飛ばされたわ。避難民はみんな城にいるから」
「そうですか。では城へ向かいましょう。詳しい話は歩きながら」
 通路で待っていたリオは、そんな風に話しながら通り過ぎていく二人を不思議そうに見送った。セシリアはリオを追い越して通りに戻ると、行くわよ、と促した。
「途中、道が崩れているところもあるから気をつけて」
「わかりました」
 フレンは馬をソディアに預けたまま、騎士に号令を掛けるとセシリアと並んで歩きだした。

 ……何か変だ。
 とは思うものの、きびきび歩いていくボスたちに率いられていく他はなく、釈然としない思いを抱きながらギルドと騎士はなし崩しに市民街を登っていった。

 *

「あなたは殿下の救出をしたって聞いたけど」
 ああ、と軽装になったフレンは答えた。城の一室には、セシリアとフレンの他、ルブラン、ハンクスが集まっている。騒ぎが起きてからの帝都の様子について、それぞれの立場から知り得た情報を交換したあと、セシリアはフレンに訊ねた。
「殿下は無事にハルルまでお守りした。それからすぐに帝都に引き返そうとしたんだが、アレクセイ親衛隊が周囲を守っていてね。……ルブラン殿には感謝してもし足りない」
「いえ、私は命令に反してまで私情を押し通したに過ぎません。どうか、頭をお上げください」
 すでに三度は繰り返したやりとりを、流石に慣れて半ば形式的に繰り返して、フレンはそれで、と表情を変えた。
「ユーリたちは、まだ」
「わかりません。上の音は聞こえませんし、我々では御剣の階梯には登れませんから」
「フレンは登り方を知らないの?」
「僕は隊長になったばかりだから。ずっと地方を回っていたし……」
 フレンは自嘲を含めて首を振った。そっか、とセシリアは軽い調子で答える。
「だが、君はどうして一緒に行かなかったんだい?」
「え?」
 不意に強い視線を向けてきたフレンに、セシリアは目を丸くした。そうじゃ、とハンクスもこれに同調する。
「ユーリは帝都をめちゃくちゃにした奴をぶん殴りにいったんじゃろう。なんでお前さん行かなかったんじゃ。ユーリには会ったんだろう?」
 あー、と言い淀みながらセシリアは視線を泳がせた。会ってないから、との誤魔化しは通用しないとなると、他の理由を言わなければならない。フレンは理解した上で訊ねている。だが、ハンクスとルブランは知らないことだ。彼らに自分たちの関係を説明する言葉を、セシリアは持たない。
「……こうなったのは、あいつの責任なの。だから、あいつが自分で解決するの」
「行ったのは奴一人じゃないじゃろ」
 ハンクスは渋い顔で反論した。う、とセシリアは言葉に詰まる。
「彼らは……、あいつの仲間だから。一蓮托生なのよ。そういう仲間を、あいつは……見つけられたの」
 私もそうよ、とセシリアは大声で付け足す。リオたちは、ソディアたちと今回の件について、具体的な損害や復興の術などについて別室で話している。
「いつまでも子供じゃないんだから、自分の問題は自分で解決するわ」
「……そうかのぉ」
 あまり説得できたとは思えない。小さい頃からずっとセシリアを見てきたハンクスには、細かい事情を知らずとも直感でわかるのだろう。だが、それ以上は追求しなかった。それもまた、ほとんど親代わりとして接してきたゆえの思いやりなのだろう。
 その優しさが嬉しい反面、何もかも話してしまいたい気持ちにさせた。
「エアルがなくなったんなら、一旦ダングレストに戻らないとね。残してきた仕事があるし」
「もう帰るのか?」
「復興はどうするんだい」
「まだ体調が万全ではないのでは」
 返って来た反応は引きとめようというものばかりで、セシリアは面食らった。
 なんとなく度し難い空気が流れたが、それを破ってフレンが訊ねた。
「体調が優れないのかい?」
「ううん、大丈夫よ。復興は、手が足りないだろうから、大工ギルドを呼べないか掛け合ってみるわ」
「そうか……。なら、こちらでも受け入れられるよう、手配しよう」
 フレンは自分を納得させるような口調で、そう約束した。
「お願いね。私も、すぐ戻るから」
「腕のいい大工を連れてくるんじゃぞ」
「もちろん」
 おどけて念押ししたハンクスに、セシリアは心得ている、と厳かに頷いた。
「首領!」
「隊長!」
 そのときノックもなく扉が開かれ、リオとソディアが同時に自分の上司に告げた。

「ユーリ・ローウェルたちが戻ってきました!」
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