07:Can you hear me?

「カロルは?」
 ダングレストの入り口で、ユーリはリタ、エステルと合流した。その中に、小さな姿が見えない。もしかしたら重い鞄を弾ませて駆け寄ってくるところではないかと、リタは周囲を見渡した。
「よけいな心配するなって」
 それより、とユーリは二人にこれからどうするか問いかけた。リタはもちろん一緒に行くわよ、と即答する。
「エアルクレーネの調査はあんたたちとするって決めたの」
「そうだったな」
 ユーリは苦笑した。エステルは、ジュディスが心配だという。ドンを追って向かった背徳の館――海凶の爪のアジトだ――で、ジュディスが魔狩りの剣に狙われているという情報を偶然にも得たのだ。
「あの女を助ける義理なんてないでしょうに」
 リタは辛辣にそう言う。共に旅してきたとはいえ、彼女は船の駆動魔導器を壊し、仲間を窮地に晒したのだ。もしも、予備の魔導器がなかったなら、ユーリたちは今頃海の藻屑となっていたかもしれない。それがわからないジュディスではないだろう。
「俺が行くのは助けるためじゃないぜ」
 ユーリはでも、と言い募るエステルを、強いて冷たく突き放した。
「ジュディが何を知っていて、何を知らないのか……。全部話してもらう。ギルドとしてのケジメつけるために」
 ケジメ。
 その言葉は重く、うっとうしいくらいの重圧を伴って、耳に響く。
 人の命すら奪う、その言葉。

 *

 ジュディスはギルドの掟に背いた。
 なぜそんなことをしたのか、理由を知るためにユーリはジュディスを追いかける。それを聞くまでは、魔狩りの剣などに渡すわけにはいかない。
 だが、それを知った後、どうするかはまだわからない。

 ケジメをつけると口では言う。まだ、その響きは血に濡れているようで生々しい。
 ドンがその身をもって見せつけた、掟を遵守するという覚悟。ギルドを率いるには、この命を懸けねばならないのだと、教えられた。
 それが自らの足で立ち、自由を守る生き方を選んだ者の責務であるということを。

「なら、僕も消すか?」

 耳にまざまざと蘇ったのは、ノード・ポリカでのフレンの台詞だった。ベリウスを襲った魔狩りの剣と、それを制圧しにきた騎士団から逃げる途中、放たれたものだった。
 その台詞で、仲間たちはユーリが犯した罪を知ることとなった。あのような形で知らせることになったのは誤算だった。かといって、自ら口を割ろうと思えば、かなりの日数を要しただろう。

 ケジメをつけなければならないのはジュディスだけではない――ダングレストにベリウスの聖核を届けなければならない、ドンを止めなければならない――そんなのは言い訳だ。次から次へと用事を拵えて、決断を先送りにしている。
 仲間は――カロルは、何も言わなかった。ただでさえ目まぐるしいのに、ユーリのことまで考えろというのは酷だろう。ましてまだまだ未熟な彼に、仲間とはいえ年上の兄貴分に、何を言うことができるだろう。
 ジュディスに会い、なんらかの段落がついたなら、そのときは、改めて自身の身の処し方を決めよう。

「私は――私のギルドを」

 俺は、俺のギルドを。そう、あいつと決めた。
 自分で始めたギルドだ。ケジメつけて初めて、胸を張れるんじゃないのか――。
 我らが首領も、こんなところで投げ出すような奴じゃない。

「……待って!」

 リタが勢いよく振り返り、エステルの顔が満面の笑みに輝いた。
「カロル!」
 息を弾ませて、一緒に行くと訴えるカロルの表情は晴れやかで、どこか引き締まっている。ドンの言葉は、どうやら彼の心にも、しっかりと刻まれたようだった。

 そこになぜかやってきたレイヴンも加え、すっかり揃ったなと面々を見渡し、ユーリが歩きだそうとしたところ、エステルはまだ気遣わしげにダングレストの通りを見ていた。
「エステル?」
「あの。……セシリアは……どうするんでしょうか」
「残るんでしょ。こっちにギルドがあるんだし」
 リタはそっけなく言い、こう言えば十分でしょとばかりに歩きだした。
「でも、ユーリはそれで……」
「決めるのは俺じゃなくてあいつ、な。あいつは、ドンを失ったこの街の再興を手伝うんだとさ。張り切ってたぜ。なあおっさん」
「ねー。セシリアちゃんが頑張ってくれるんなら、おっさん安心して旅立てるわ!」
 あんた本当になんなのよ、とリタはすぐにもダングレストを飛び出したいといわんばかりのレイヴンを睨めつけた。
「さ、行こうぜ。ジュディを追いかけるんだろ」
「……はい!」
 エステルの背を押しながら、その実自分の足を叱咤して、ユーリはダングレストを後にした。

 英雄を失った荒くれ者たちの街。
 嘆きの夕闇に沈む街。
 だが、大丈夫だ。朝日を引き込むために、闇を払う者がいる。だから――大丈夫だ、この街は。

 *

 テムザ山でジュディスと合流した後も、ユーリたちは留まることを知らず、世界を飛び回った。
 求める情報に引き寄せられるまま、気がつけばクリティア族の住む空飛ぶ島、ミョルゾなどという、下町にいたころにはおおよそ想像もできなかった場所にいる。いったいどういう奇縁に恵まれれば、こうも不思議な場所にたどり着けるものだろうか。
 そもそも、始まりは水道魔導器の魔核と取り戻すという、それだけのことだったはずなのに。

 セシリア。
 俺は思っていたよりもかなり大きな厄介事を抱えた星に、見込まれちまったらしい。

 *

 テムザ山へジュディスを迎えに行き、ユーリたちはそこで魔導器が世界に悪影響を及ぼしているということを知らされた。ジュディスが竜使いとして、バウルと共に魔導器を壊して回っていたのは、エアルを乱すヘルメス式魔導器にこれ以上エアルクレーネを刺激させないためだった。
 その後、とうとう対面を果たしたエンテレケイアのフェロー。彼は魔導器だけではなく、満月の子を問題にしていた。
 魔導器とは比べ物にならないほど、エアルを消費し、星喰みを引き起こす元凶――その力を、エステルが持っていると。
 それが彼女が”世界の毒”たる所以だとフェローは語った。

 だが、そう言われたところで、はいそうですかと仲間を差し出せるわけがない。
 他に方法が必ずあると、ユーリたちは知る限りの伝を頼り、情報を求めて、各地を飛び回った。
 文字通り空を飛んで、である。フィエルティア号は、今成長し巨大化したバウルに繋がれ、悠々と大空を航海するようになっている。舵を取っていたトクナガなどは初めこそ楽だと喜んでいたが、失業したことに気づくと静かに空からの眺めを楽しむことにしたようだった。
 バウルの進路は、ジュディスがナギーグというクリティア特有の器官を通して伝える。
 彼女はケジメをつけ、再び凛々の明星に戻ってきた。

 ユーリも共に、ケジメをつけた。
 大人だと思っていた二人がとった掟破りの行動に、カロルは健気にも人知れずずっと頭を悩ましていたのだが、ミョルゾへの到達方法を知るために立ち寄ったアスピオで、とうとうその答えを出した。
 曰く、「みんなで罰を受けよう」。

 彼が言うには、ジュディスが世界のために戦っていることを知らず、手伝うことができなかった。これは掟に反すると自らを罰した。
 しかし、ジュディスもまた世界のためとはいえ仲間を危険に晒したことについて、やはり罰を下した。
 ユーリはラゴウ・キュモールを手に掛けたことを、仲間に言わず、黙っていた。これも不義である。
 そして三人が受けた罰といえば。

「あたしたちが休んでる間に、探してる人を見つけること」

 カロルが悩んでいる隙にリタが言い渡した罰であるが、その荒唐無稽さにレイヴンなどはそんなギルド聞いたことない、と腹を抱えて笑うのだった。
 だがそこが、凛々の明星の独自性、といえるのかもしれない。
 世話焼きだが個人主義で、勝手な行動をする構成員たちをまとめる方法の一つを、若き首領は立派に示してみせた。
 そこでユーリは、改めて自分の行動がいかに彼を悩ませ、自分がどうするかばかり考えていたことに気づくのだった。
 ギルドのことに関しては、やはりカロルに一日の長がある。ギルドという他人同士が集まり、同じ目的のために協調するということの意味を、ユーリは本当の意味では理解していなかったかもしれない。
 それを教えてくれたカロルに、ユーリは素直に感服した。たとえ、それがまだ一緒に旅を続けたいという、自分の願いに正直な子供らしい理由だとしても。

 むしろその正直さが羨ましく、ユーリの目には映った。
 意地を張らずに、素直な心の願いに従って生きていけたなら、どれほど清々しい気持ちで空を仰げるだろう。
 自分も、彼女も。
 自分の意志は絶対曲げない、頑固者であることは周知の事実だ。
 ケジメを付けること。掟を守ること。自ら決めたことを、やり抜くこと。それは確かに重要なことだ。
 だが、もしかしたら、そのことに必要以上に捕らわれていたのかもしれないと――考えてみる。
 自分に課した法に縛られて、雁字搦めになってはいなかったかと。そうして、自ら進むべき道を狭めてはいなかったかと。

 そして、ユーリはこのとき初めて――ラゴウを手に掛けたあのとき以来禁じられていた――息を吐くことを、許されたような気がした。
 それで何が、軽くなるわけでもないけれど。



***



 それから少し時は流れる。
 ダングレストではユニオン所属ギルドの首領たちが五大ユニオン――うち二つ、ないし三つは未だ機能停止状態だが――を中心に集まり、ドンの後継を決めるための会議が毎週のように開かれていた。
 小さなギルドも大きなギルドも隔てなく、様々なギルドの意見がユニオンに出され、何人もの名前が挙がっては消えていった。
 そうして挙げられた名は百にも届くだろうが、その中にドンの後を継ぐにふさわしいと、万人が認める名は一つもなかった。
 そんな人間がそもそもいるはずがない。
 だが、十割の支持率が得られなければ、ユニオンを束ねる元首の座に着くことはできなかった。

 しかし決まらないことばかりではない。かねてより求められていた護衛団の首領が決定された。ドンが逝去し、混乱したダングレストを見かねてサイファスが重い腰をようやくあげたのだ。紅の傭兵団、海凶の爪が除名され、五大ギルドは以前の半分に勢力が急落していた。特に、天を射る矢の次に勢力を持っていたのが護衛ギルドだ。ここが機能しなければギルド全体に支障が出る。そのため、依然から実力も認められていたサイファスは概ね歓迎を持って受け入れられた。

 サイファスが護衛団を再編成するにあたって、セシリアは天を射る矢に正式に入団することにした。それに従ったのはリオとフェリクスの二人だ。他の仲間たちは護衛ギルドに残った。
 天を射る矢がセシリアたちに求めた役割は騎士団との交渉だった。元騎士と、隊長の知り合いであるセシリアらの情報、人脈は大いに役立つと考えられた。

 ドンばかりでなくノード・ポリカのベリウスというギルド二大柱が失われた今、もしも騎士団がその気になれば箍の緩んだギルドなどあっという間に崩壊する。
 五大ユニオンである天を射る矢、幸福の市場、魂の鉄槌、そしてサイファスの護衛団はそれを阻止するために密に連絡を取り合い、ギルドを纏めることを最優先にした。ダングレストが制圧されるなど、二十年前の悪夢を繰り返さないためにも。

 セシリアは騎士団とギルドの仲を取り持つために奔走した。諍いがあればこれを仲裁し、互いの主張を折半して丸く解決させること。こちらの要望ばかり押し通すことがないよう、バランスを考えなければならないから、判断には慎重を要する。
 一個師団と一ギルドの衝突はままあったが、それが決定的な亀裂になることはなかった。騎士団の方も、内部で問題があるのか、外ばかりにかまけていられないようだった。

 *

 カプワ・トリムまで折衝に出ていたセシリアは、ダングレストに戻ろうとしたところクルジから連絡を受けて、ヘリオードに寄ることになった。
 現在ヘリオードには代理の執政官がおかれ、騎士も総入れ替えがなされていた。新しい執政官は騎士でありながら評議会に近く、キュモール――アレクセイ騎士団長とは距離を置いている人間である。彼により労働キャンプは正式に破棄されたが、昼も夜も休まず工事をするのは変わらず市民であった。

 セシリアが門番に身分を明かすと、本部へ通された。本部へ入るのは三度目になるか。複雑ではあるが、セシリアは胸を張って騎士たちの間を歩いた。
「アークライトさんをお連れしました」
 案内役の騎士は丁重に扉を開け、セシリアを中へ導いた。来賓室には、クルジと、騎士団隊長が一人、そして皇帝候補のヨーデルがいた。
「お待ちしていました。お呼び立てして申し訳ありません、セシリア」
「えっ、いえ、帰り道ですから……」
 腰の低いヨーデルに慌てて手を振りながら、どういうこと、とクルジを見れば、クルジはちょっと笑みを浮かべていた。
 こうやって狼狽するのを見たかったのか。
 ヨーデルがいるなんて、聞いていない。
「トリムにいらっしゃっていたんですね。首尾はいかがでしたか?」
「ええ、ちょっと縄張り争いしてただけですから。なんとか収まりました」
 ヨーデルはそうですか、とにこやかに相づちを打つと、入り口の側に立ったままのセシリアに椅子を勧めた。セシリアが腰を下ろすと、秘書が暖かい紅茶を運んできた。
「あの、それで、なんでしょう? えっと、ヨーデル殿下がおいでになってるとは知らなくて……」
「そうでしたか、すみません。そう、かしこまらないでください。ただ、個人的にあなたとお話がしたかったんです」
「わ、私ですか?」
 紅茶を飲みかけて噎せ、胸元を押さえながらセシリアは確認した。ヨーデルはやはりおっとりとした笑顔ではい、と頷く。
 つかみにくい相手だ、と思う。愛想がいいとか、人好きがするとか、そういうものとはまた違う。彼の態度は、どう表現するべきか。これが、権力の頂点に一番近い者の立ち居振る舞いなのか、とセシリアは畏れに近い感情を抱く。
 怖いわけではない。ただ、何か――圧倒されるのだ。

 ヨーデルはしばらく騎士団とギルドが少しずつでも歩み寄り始めているという実感があるとか、騎士団はギルドにいい影響を受けて、組織のあり方も変わるのではないかという希望を語り、そしてそれは決して希望には終わらないと確信を見せた。
「私もそう願います」
 突然のことに驚いていた心も落ち着き、自然に話せるようになって、セシリアはヨーデルの話に同意を示した。
「ギルドは騎士団というか、帝国に外から働きかけて、もし間違いがあるならそれを正していける存在だと思うんです。帝国では守れない人たちも、もっとギルドを頼れるようになればいい」
「はい。僕は、そういう互助関係を築くのが大事であり、急務だと思っています」
 しっかりとした口調で答えるヨーデルに、セシリアは彼なら大丈夫だと、改めて思う。同時に、彼が皇帝になれば、もっと早く事が進むだろうにと歯がゆくもなるのだが。
「まだ帝都にギルドが入るのは難しいでしょうか」
 そう訊ねたセシリアに、ヨーデルの眉が僅かに曇った。
 今、帝都の出入りを許されているのは幸福の市場と、宅配ギルドなど極一部だけである。それが緩和されて、もっと自由に人が出入りできるようになれば、下町の硬直状態も変わるのではないかとセシリアは期待をしているのだが、貴族たちがそう簡単に許すはずもなかった。
「ギルドが入ると、治安が悪化すると危ぶむ声が大きいですね。それから、人や物の流通を、帝国で管理するのが難しくなってしまいますから」
 少しずつ理解を広げてはいますが、とヨーデルは言うが、難航しているのは明らかだった。セシリアには彼の努力がわかるから、責めるつもりは毛頭ない。
「ようやく友好協定を結んだところです。一つずつこなしていきましょう」
 クルジが落ち着いた調子でそうまとめた。
 焦ってもうまくいかないことは、今までの調停でセシリアも身に染みている。
 そもそも帝国に反発した人間の集まりがギルドだ。互いを認め、歩み寄るには、まだまだ時間が必要だろう。セシリアだとて、帝国のすべてを受け入れたわけではもちろんない。
 ただ、憎いからといって消すことはできないものだ。必要なことならば、手を取ることもしなければいけない。
 帝国にだって、ヨーデルやフレンという、頼もしい人材がいる。彼らと力を合わせれば、帝国の負の面を変えていける。少しずつでも。
 今のセシリアはそう信じて、実行している。

 *

 一通り話に区切りがつき、雑談に流れていったとき、ヨーデルがセシリアにようやく呼び出した理由を伝えた。
「個人的に話したいというのは、エステリーゼのことです」
 ヨーデルは懐かしむようにその名を口にすると、クルジと隊長に退室するよう言った。そしてセシリアと二人になると、改めて切り出した。
「ギルドとの協定のことなどで、帝都の外へ出ることが多くなると、馬車での移動中、ふと、エステリーゼも今頃はどこかを旅しているのだろうな、と思いまして」
 でも、とヨーデルは笑みをこぼした。
「旅の様子は、ほとんど知りませんから……。どんなものなのか、お聞きしたいなと思ったんです」
 少しはにかむ表情に、自分より年下の少年の幼さを見た気がして、セシリアはちょっと肩の力を抜いた。
「あなたは、帝都を出るときから彼女と同行していたのですよね?」
「……はい。水道魔導器を取り戻すために――、帝都を出ることになったので、彼女と一緒に行きました」
「ユーリ・ローウェルと共に、ですか」
「ええ……。それとラピードと。その頃は、あの子が皇女だなんて知らなくて」
 見た目に似合わず剣が扱えて驚いた、とセシリアは述懐する。
「殿下ももしかして」
「手ほどきは受けましたが、私はどうも、才能がないようで……」
 話を振られると、ヨーデルは恥ずかしそうに吐露した。
「僕がもっと強ければ、誘拐されることもなかったのでしょうが……」
「そんなこと。それは部下の責任じゃないですか」
 だからフレンも必死に、秘密裏に、殿下救出に向かったのだ。
「あのとき、あなたたちが助けてくださらなければ僕はここにいませんでした」
「あれは、流れでそうなったというか……」
 ラゴウの所業を暴くための行動が、偶然そういう結果に繋がったのだ。しかしヨーデルは助けていただいたことに代わりはありませんと繰り返した。
「でも、殿下にはヘリオードで罪を帳消しにしてもらいましたし。それで十分ですよ」
「あれは、エステリーゼを助けていただいたからです。彼女自身の願いでもありました」
「そうですか?」
「はい。あなたがたに助けていただいた命……。帝国に住む人々もそうでない人々も、皆がよりよく暮らせるための制度作りに、捧げる決意です」
 ヨーデルは居住まいを正して、セシリアに、そして彼女の仲間たちに向かって宣言した。
 曇りない蒼の瞳はフレンのそれにも似て純粋で、高貴な輝きを持っている。
「その言葉が聞けて嬉しいです、殿下」
 お互いに少し気恥ずかしくなって笑い合うと、セシリアは旅の様子をいろいろと話して聞かせた。
 魔物との戦い、食料のこと、野宿のこと。
 ヨーデルは真剣に市井の様子を問いただしたかと思うと、おにぎりとはなんですか、と不思議そうに首を傾げ、興味を露わにした。
 カルボクラムで巨大な魔物と遭遇したと話すと、そんな魔物相手によく無事で、とヨーデルは青醒めて首を振った。エステルはそれ以上の危機にも身を晒しているのだが……砂漠越えの話などはしない方がよさそうだ、とセシリアは判断した。

 *

「もっと詳しく伺いたいのですが、これでは何日経っても終わりませんね」
 一時間ほど経った頃、ヨーデルはとても残念そうにそう言った。もう彼に残された時間はないのだろう。
「ありがとうございました。とても楽しい時間を過ごすことができました」
「殿下の息抜きになったんなら。私でよければまたいつでも。話くらいしますよ」
「ありがとう、セシリア」
 ちょうど見計らったように扉が開けられ、隊長と役人がヨーデルを呼びに現れた。ヨーデルは立ち上がると、セシリアに握手を求めた。
「皆さんは今どちらに?」
「……さあ。あっちこっちふらふらしてるみたいですから」
 セシリアはヨーデルの手を握り返して、苦笑した。
 うまく、笑えているだろうか。
 ぎこちなく、なっていないだろうか。
「そうですか。では、もし会うことがあれば、よろしくお伝えください」
「わかりました。……それじゃ」
「では、失礼します」
 ヨーデルは二人に伴われて、本部の奥へと向かった。まだ仕事があるのかもしれない。
 セシリアは本部の外でクルジと合流し、ダングレストへと帰った。

 きっかけは、下町の水道魔導器が壊れたことだった。
 あのときから、もうずいぶん時が流れてしまった気がする。
 あのときの自分には、未来にこんなことが起こるなんて、想像もできないだろう。
 二人も皇帝候補と知り合いになったこと。憧れのギルドで働いていること。
 そして――。

 ユーリ。
 ヨーデルの言葉を、君はどんな風に聞くだろう。
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