11: Beauty is a joy for ever

「表は閉まってるね」
 ガスファロストの見上げるような大扉は当然と言うべきか、硬く閉ざされていた。カロルは少し離れた場所に待つ仲間のところへ戻って、塔を見上げる。
「あっちに梯子があるから、あれを登ってみようか」
「それしかなさそうね」
 塔の側面に設置された梯子にセシリアが手を掛けようとすると、リタが待ったを掛けた。そしてレイヴンを振り返ると顎で梯子を示す。
「おっさん、登って」
「あー、はいはい」
 レイヴンは特に反論せず、皆に見つめられる中梯子を登って行った。
「あ、魔物」
「ちょっ!?」
 上空から鳥型の魔物が舞い降りてきた。
「やっぱり魔物がいるのね」
 セシリアは簡単な詠唱を唱えると下級魔術を発動し、鳥を追い払った。
「おっさん、早く登んなさいよ!」
「ちゃんと守ってよ! っと」
 レイヴンは素早く残りを登り切り、飛び上がるようにして縁に上がると、ぎゃーっと変な声を上げた。
「上にも魔物一杯か」
「じゃ、カロル、いってらっしゃい」
「う、わかったよ」
 カロルに続いてエステルとリタが登り、最後にセシリアが梯子へ手を掛けた。

「これで最後っ」
 リタのファイヤーボールが炸裂し、上空から飛来しては一撃を加えていく鳥の魔物を撃墜した。
「お、やってんな」
「ユーリ」
 扉が内側から開かれたのでそちらに剣を向けたが、それは敵ではなくユーリだった。
「何、まだこんなところで遊んでたの?」
「そっちこそ、待ってろって言ったじゃねえか。お前らも……大人しくしてろって言ったのに」
 呆れたように言われて、エステルは真剣な顔で答える。
「だって、皆ユーリのことが心配で!」
「ちょっと。別にあたしは心配なんてしてないわよ」
「おっさんも心配で心配で」
「嘘つけ。そもそもおっさん、何普通になじんでんだ?」
「彼がここまで案内してくれたんだよ」
 セシリアはそう説明した後、ユーリの後ろから現れた人に目を奪われた。
「……だ、誰だ、そのクリティアッ娘は? どこの姫様だ?」
「おっさん、食いつきすぎ」
 目も覚めるような青い色の髪、身軽そうな衣装を纏った豊満な肉体。細く尖った耳、その後ろから生える二つの触角。クリティア族の女性だった。ユーリは彼女を皆に紹介した。
「俺と一緒に捕まってたジュディス」
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
 セシリアは彼女に微笑まれて我に返って挨拶を返した。仲間達も順に名を名乗る。
「僕カロル!」
「エステリーゼっていいます」
「リタ・モルディオ」
「そして俺様は……」
 格好つけて名乗ろうとしたレイヴンに先回りして、リタはぼそっと呟いた。
「……おっさん」
「レイヴン! レ・イ・ヴ・ン!」
「そういう言い方する人って、信用できない人多いよね」
「なーんか、納得いかないわ」
 カロルにまでダメ出しされ、レイヴンは不貞腐れて腕を頭の後ろで組んだ。
「ウフフ……愉快な人たち」
 ジュディスは艶っぽく微笑むと、セシリアに問うような視線を投げた。まだ名乗っていなかったことに気づいて、セシリアは改めて自己紹介した。
「セシリアよ。セシリア・アークライト」
「セシリア。よろしくね」
 ジュディスは首を傾けて、親しげに笑った。美人だ。エステルは話題が途切れたところで、ジュディスになぜここにいるのか訊ねた。ジュディスは白い手袋を嵌めた手を胸元に置いて答えた。
「私は魔導器を見に来たのよ」
「わざわざこんなところへ? どうして?」
「私は……」
「ふらふら研究の旅してたら、捕まったんだとさ」
 ジュディスの言葉に被せるようにしてユーリが答えた。研究熱心なクリティア人らしい、とリタは呟いた。同じ研究員同士、頷ける部分もあるのかもしれない。セシリアはついユーリを見る。ユーリはどうした、という風に目を丸くした。なんでもないと、セシリアは僅かに首を振った。
 ユーリとジュディスは牢屋からの脱出には成功したが、水道魔導器の奪還はまだ叶っていなかった。やはりバルボスを捕まえて取り返すしかないと、一行は塔の中へ踏み込んだ。

 塔の中は薄暗く、巨大な歯車が幾つも廻っていた。塔の中心を、地下から天辺に掛けて貫いているパイプは動力を伝えるものだろうか、半透明の壁の中を、光が流れているのが見えた。セシリアはユーリの隣に並ぶと、声を掛けた。
「ユーリ、フレンに伝えておいたから」
「ああ。あいつ、忙しそうだったか?」
「うん。何せギルドと騎士団の協定だもん。手は抜けないわよ」
「だろうな」
 ユーリは想像通りという顔をした。そうでもなければ、姫君がこんな場所に来るのを許すはずがない。
「でも、ラゴウのことはちゃんと引き渡したから」
「逃げ出そうとしなかったか?」
「それくらい元気なら、拳骨の一発もくれてやるんだけどね」
「へえ、手が出なかったとは驚きだ」
「抵抗しない相手殴ってもつまらないでしょ」
 なんとなく、言葉の端々が甘えている、とユーリは恋人を観察しながら思う。離れたといってもほんの少しの間だけなのに、今までこんな態度を取ったことがあったろうか。
思えば帝都を出てから厄介ごとに次ぐ厄介ごとで、一つの町にゆっくり留まることもなかった。気がつけば同行者はこれだけ増え、二人で過ごす時間も少ない。
 けれど、それは下町にいた頃と対して変わらなかったりする。厄介ごとなら下町でだって毎日事欠かなかったし、部屋でゆっくりするのは大抵仕事を終えた夜だけだ。
 今はそれがないのか、なんて方向にユーリの思考が傾きかけたとき、階上から兵士が降りてきた。紅の絆傭兵団だ。傭兵は侵入者と見るや剣を抜いて襲い掛かってきた。
「さっそく来たわね」
「セシリア、お前はエステルを」
「ええ」
 ユーリに続いて、青い影がセシリアの横を通り過ぎた。ジュディスだ。
 長い槍を身体の横に付け、身を低くして駆け寄り、傭兵の前へ立ちはだかる。
 槍を回転させて持ち替えると、振り下ろされた剣を弾き返した。そのまま槍を一回転させ、石突で敵の胸を突くとそのまま掬い上げ、上へと持ち上げた。
 セシリアは思わず見惚れ、その重力を感じさせない動きに目を奪われた。
 ジュディスは長い足をばねのように用い地面を強く蹴ると、打ち上げた敵を追いかけるように自身もまた空へ舞った。そう、彼女の動き方はまるで舞踊のように妖艶だ。さらに敵を打ち上げ、触覚を靡かせながら中空で一回転し、遠心力に乗せた思い刃で敵を叩きつける。縦に広いこの部屋の構造も、彼女のスタイルを引き立たせていた。
強いだけではない。
「――きれい」
 ふと、視界の横にジュディスらから逃れて回りこんで来た傭兵が飛び込んできた。セシリアは不機嫌に目を細めて、気合を入れた一撃をお見舞いする。傭兵は一発で地面に沈んだ。
「あら」
 逃した獲物を追いかけようとしたジュディスは、床にのめり込んだ傭兵を見て軽やかな声を立てた。
「あれ、終っちゃったの?」
「あっという間でした」
 セシリアはすぐにジュディスの方へ目を戻したが、敵はもう全滅していた。エステルも呆気に取られたように目を瞬いた。彼女に至っては剣を抜く暇もなかったらしい。
「そんなに力まなくても、まだまだ、敵はいそうよ?」
 ジュディスは不思議な笑みを浮かべながら槍を持ち直し、触手をふわりと揺らして歩き始めた。
「そうね」
 セシリアは気を取り直して、ジュディスを追いかけた。さらにエステルも参加する。
「ねえジュディス、君、すごいね」
「あら、そう?」
「すっごく綺麗でした! 私、見惚れてしまって」
「ウフフ。ありがとう」
「その槍術はクリティア族の?」
「自己流みたいなものね」
「それにしては洗練されてるわ。どんな風に鍛えたの?」
 気軽に答えるものだから、二人はどんどん質問を重ねていった。すっかり彼女の戦闘スタイルに魅了されてしまったらしい。そんな三人を見守っていたレイヴンは、リタにじとっとした目を向けられてしまった。かなり毒の含まれた、そして飽きれ返った視線だ。どうやら、何か勘違いされている。いや、あながち勘違いではないが――花盛りの娘が三人揃ってるわけだから――だがしかし、とにかく勘違いだ。そんな目で見られるいわれはない。
「いやぁ、セシリアちゃんがどう受け入れるかなぁって見てたんだけど、ああなるのねぇ。ちょっと意外ね」
「別に、あんなもんでしょ。あたしは全然興味ないけど」
「そうじゃなくてぇ、ほら、色男を巡った女の戦い〜みたいな、女の意地みたいな、そういうのありそうだったんだけど」
「……そんなこと考えて楽しい?」
「えー、魔道少女は興味ないの? ああ、思春期さえま」
 それ以上は脛を蹴られたので続かなかった。遠目に見ていたカロルは自分のポジションがレイヴンに取って代わったことを知る。
「お前ら、遅れてるぞー。くだらない話してんなよ」
 話題の当人が少し振り返って声を掛ける。傭兵団がどこから出てくるかラピードと共に警戒を怠らず、頭の中はバルボスで一杯のようでこちらの話はまったく聞こえていなかったようだ。青年がこれだもんなぁ、とレイヴンは少しつまらなそうに呟いた。
 けれど、まあ。麗しい女性三人が揃っているのは眼福である。
 腰やや上の位置から発せられる視線の鋭さが一層増したような悪寒がした。
 リタはびくりと肩を竦めたレイヴンから目を逸らし、改めて三人――その中央にいるクリティア族に、視線を定めた。彼女も槍を使うらしい。
「……イヤな奴思い出した」
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