08: Girls' talk

「カロル、剣の調子はどうだ?」
 暗がりから飛び出してきた魔物を切り伏せ、一息吐く。カロルの持つ折れた剣を見ながら、ユーリは訊ねた。
「あ、うん。ぴったりだよ!」
「調度いい重さだろ」
「そうかも。振りやすくなったし」
 えい、えいと振り回してみせるカロルに、そうかそうかとユーリは満足げである。
「なんだか兄弟みたいだねぇ」
「ですね」
 魔物と戦うときの武器の扱い方を話し始めた二人を眺め、女たちは微笑む。
 ハルルを出た頃には高く空に掛かっていた月が、西に傾き始めていた。
 月の進む方とは反対に、セシリアたちは進んで行く。アスピオへは空が白むころには着けるだろうと思われた。月明かりが白々と照らす草原を、四人と一匹が横切っていく。
「あの、セシリア」
 夜闇に圧し包まれた、耳慣れない平野の沈黙を押しのけようと、エステルは隣を歩くセシリアを呼んだ。何、と返事がしたのはいいものの、特に話題があったわけではない。
「え、えっと」
「うん」
「セシリアはいつ外に?」
「結界の外? うーんと、もう二年以上前になるのかな?」
「二年ですか? すごいです」
「全然。まだまだひよっこだよ。ユーリくらいさくっと倒せるくらいになりたいんだけどねー」
 どうして聞こえたものか、カロルと話し込んでいたはずのユーリからそう簡単には負けねーよと答えがあった。いつか絶対倒してやる、と憎らしい幼馴染に言い返す。
「あのあの、それじゃあ、ユーリとはいつから……」
「ん?」
「いつから、その……」
 自分から言い出したものの、結局真っ赤になって口篭ってしまった。セシリアは優しく笑って、そんなエステルを覗き込む。
「いつから、なんなのかな?」
「その、だから、あれです」
「あれ、じゃちょっとわかんないな。もうちょっと具体的に言ってくれる?」
「ですから、具体的に言うと、つまり……」
 察してくれと目で訴えるのだがセシリアは本当にわからないという顔をして、あくまで優しくエステルに訊ねる。
「聞くのが恥ずかしいことなのかな?」
「このいじめっ子」
 楽しさを隠し切れずに畳み掛けるセシリアの背中に野次が飛ぶ。それを聞いてエステルは自分がからかわれていたことを知った。
「あっ! もう、セシリアったらまたからかったんです!?」
「ごめんごめん。エステル可愛いからついつい」
「怒っていいぞ、エステル。じゃないとこいつ調子に乗るから」
「ユーリ、女同士の会話に入ってこないでくれる?」
 邪魔をされて憤慨だとばかりにあしらって、セシリアはエステルの肩に腕を回すとカロルたちから離れるように歩き出した。
「七ヶ月くらい前よ」
「え?」
「ユーリと、付き合い始めたの」
 あ、とエステルは口を押さえて頬を染めた。
「七ヶ月ですか……! その、どちらから」
「向こうから」
 もしここが夜の平原でなく、宿屋のベッドの中ならエステルは密やかに恋話を披露しあう少女独特の声をあげていただろう。目をきらきらと輝かせ、どんどん膨らむ好奇心でいっぱいになっていくのがありありとわかる。
「二人は幼馴染なんですよね? もしかして、ずっと好き合ってた、とか」
「うーん、わかんないけど。そうなる、のかな」
「わー、わー、なんだか、いいですね!」
「そう? エステルこそ、お城に素敵な人、いるんじゃない?」
 頬を突いてやると、エステルはくすぐったそうにして逃げながら、いないですと笑う。
「本当に? ここだけの話、フレンは」
「ないです」
「ないの?」
「はい」
 もうからかわれないぞと照れる様子も億尾に出さずエステルは断言した。セシリアは大袈裟にがっかりしてみせた。ふと、エステルは思いついたように訊ねる。
「でも、フレンも幼馴染なんですよね?」
「そうだね」
「じゃあ、もしかして三角関係とか……!」
「ないない」
 興奮したエステルを笑い飛ばし手を振るセシリア。ないんですか、とエステルは眉を下げた。そしてセシリアから一歩離れると、夜空に輝く星を見上げ、詠うように言った。
「幼い頃から共に育った一人の少女と、二人の少年。成長するにつれ、いつしか彼らは恋を知り、少年たちは一番身近にいた少女が女であることに気づく。二人は同じ女性を愛してしまった苦しみにもがき、いつしか三人は抗し難い運命の荒波へと飲まれて……」
「ないない」
「っていう小説を読んだことがあります」
「面白かった?」
「素敵でした! セシリアは本読みます?」
「あんまり読みません」
「そうなんです?」
「嘘。ほとんど読みません」
 それはもったいないです、と自分のおすすめを挙げはじめたエステルの声を、ユーリとカロル、そしてラピードは遠巻きに聞いていた。
「ユーリ、二人ともなんの話をしてるんだろ」
「さあ」
「もうずっと話してるよね」
「女は話が長いからな」
「……ユーリ」
 首の後ろで腕を組み、小さく欠伸をしてからカロルに「なんだ」と答える。カロルはこちらを見ずに、問いかけた。
「あのさ……お、女の子って」
「うん?」
「や、やっぱいいや」
「なんだよ、話せよ」
 恥ずかしがって問い掛けをやめたカロルをユーリは軽い口調で促す。魔物と戯れる機会もしばらくはなさそうだったので、暇つぶしだ。
「女の子がどうした?」
「いいってば」
「そういえば……お前、ハルルの樹、誰かに見せたかったんだっけ?」
「そっ、それはっ!」
 鎌を掛けると面白いように反応する。セシリアのこと笑えねえか、と思いながらもこの性格を改める気はさらさらなく、余裕の笑みを貼り付けた。
「いいじゃないか、少年」
「い、いいってなんだよ」
「はっはっは。ハルルの樹を治すためにエッグベアに挑み、倒した。十分な武勇伝だな」
「そ、それはだって、ユーリとか……」
「カロル先生の功績だな」
「でも、花だってエステルが……」
「バナシーアボトルがなければどうなったかわからねえし」
「…………」
 カロルはなんともいえない思いをちらつかせた目にユーリを映し、はあと溜息を吐いて肩を落とした。
「やっぱり駄目だよ、ボクなんか……」
「どうしたどうした。何落ち込んでるんだよ先生」
「ユーリにはわかんないよ」
「何がわからないんだ?」
「いいってば、もう。忘れてよ」
「……そっか。んじゃ、忘れる。ラピード、ちょっと走ろうぜ」
「ワフ」
「は、走るってどこに!?」
 忘れてよと言いつつあっさり首肯されたことに慌てて、やっぱり聞いてもらおうかと思ったら肝心の聞き手はさっさと駆け出して行ってしまった。深い闇に包まれた草原に放り出されてはたまらない。横脇に下げた鞄を押さえると後を追って走り出した。
「あ、ユーリ! 皆、どこ行くんです!?」
「よーし、私達も行くよ、エステル!」
「え? はい!」
 突然駆け出したユーリたちを見てもしや魔物かと周囲を警戒しようとしたが、セシリアに背中を押されてなし崩しに駆け出した。
 走り続ける彼らの行く手では、地平線の下で太陽がゆっくりと昇り始めていた。

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