轟焦凍*

※轟くんがひたすら一人遊びするだけ




「あ、見つかっちゃった」
 おまんじゅうを頬張ろうとしていたなまえは、俺の視線に気づくとそのお饅頭を二つに割った。
「半分、どうぞ」
 それまでも話したことはあったし、それなりに長い付き合いだった。
 でも、「俺はこいつと結婚するんだな」と思ったのは、このときが初めてだった。

 そう自覚したのはまあ、いいとして。
 困ったのは自分の身体の反応が正直すぎることだった。
 高校二年になるまで、生活の中心は訓練だったから、こういうことには縁がなかった。
 周りを見る余裕なんかなかったし、ましてや色恋なんてもってのほかだった。
 精通を迎えたのはいつだったか、それはたんにもよおすのと同じ生理現象にすぎなかった。溜まれば処理する。その程度のものだった。
 今感じているこの昂ぶりは、どうだ。
 身体全身が熱くて、炎と氷をいくら使って身体を酷使しようとも一向にすっきりしない。
 頭がずっとぼんやりして、ふとしたときに思い出すのはあいつの柔らかそうな髪が揺れる白いうなじだった。
 それに触れたいと、俺は思っている。そう自覚すると勢いはいや増し、吐き出しようのない思いに身悶えした。
 こういうときは、風呂に入るに限る。
 汗を掻いたシャツを脱ぎ捨て、浴場の扉を開ける。
 むっとする湯気が白く煙っていた。
 桶で熱い湯を掬って頭から被る。何度も被る。湯で汗が流れたが、余計に体温が上がって、噴出した汗が足首を伝った。
 ようやくお湯を被る手を止めて、詰めていた息を吐く。
 シャンプーの容器に手を伸ばして、習慣的な仕草でポンプを押してから、いつもと配置が違うことに気づく。姉さんのシャンプーが手前に来ていた。しょうがない、もったいないからそのまま使おうと引き寄せたところで、その香りにめまいを覚えた。甘い香りだ。あいつが使っていそうな、女の匂い。
 使っちまえば一緒だろうと、あわ立てて頭皮に擦り付ける。
 顔全体を甘い香りに覆われてしまって逃げ場がなくなった。すぐにシャワーで洗い流し、改めてメリットで洗い直した。
 危険すぎる香りだった。
 気を落ち着けて、無心で石鹸をあわ立てる。
 たっぷりできた泡をスポンジに乗せ、また無心で身体をこする。
 正確には、無心になれるよう必死で身体を擦っている。
 耳の裏を丹念に洗い、首から鎖骨、胸、両腕。
 背中から脇に掛けて身体を捻り、腹へ。両足と尻を済ませ、足の指の間まで洗ってから、湯で洗い流した。
 たっぷりの泡はなかなか落ちず、滑る肌を手のひらで擦りながらさらに流す。足元を水と一緒に流れていく泡がぷつぷつと弾ける感覚がくすぐったかった。
 そのまま湯船に入りたかったが、まだ熱が燻っている。むしろ、どんどん溜まっていくくらいだ。
 なまえの匂いはどんな匂いだったろう。
 姉のシャンプーよりはもっと若葉のように爽やかで、小さな花のように控えめな、けれど安心する柔らかい甘さ。
 何度か手が触れたことがあった。
 そのときは特に意識することがなかったのに。
 今は急に、肌のすべらかさだとか、白っぽい皮膚から滲むように赤が内側から透けて、ピンクに染まっていた肉厚な部分。小奇麗に整えられた爪の薄い甘皮までもが鮮明に思い出されていた。
 石鹸を手に取り、泡立てる。
 勃起したそれを包むようにして、泡を擦りつけた。
 なまえは夏服が似合う。
 袖からすらりと伸びた腕は、困っているときや、焦っているとき、考えているときに曲げられ、肩に掛かった髪を弄る。
 シャツの裾はいつもぴっちりとスカートの中に仕舞われていた。細い腰から、ふわりと広がるスカートの裾と、その影が落ちる引き締まった、しかし円みを失わない太もものシルエット。
 滑りをよくして、赤く腫れ上がった先端を親指で捏ねる。
 先走りが根元へと伝い落ちた。
 なまえの声。
 いつも耳に心地よく響く声だ。笑うときに手を添えるのが癖らしい。「轟くん」と呼ぶ声ははきはきとして、通りがいい。
 さらさらの髪から覗く耳の形だとか、後ろから見た足首の筋だとか、断片的なイメージが強調されて浮かび上がってきた。
「……ッ」
 椅子に座ったときの足の角度、鉛筆を持つ指先。
 彼女であることを示す特徴的な部分が、愛おしくてたまらなかった。
「なまえ……ッ」
 思わず呼んでしまった。広い浴室の壁に反響した音が思った以上に淫靡に聞こえて、罪悪感が湧き上がる。
 根元から人差し指と薬指と親指で扱く手の動きをだんだん速くしていく。
 湧き上がってくる衝動は、いつも処理しているときとは比べ物にならない。温泉の底から湧いた気泡の一粒が弾けた程度だ。今はマグマ溜まりから吹き上げる蒸気が押さえ込む地表を押し上げようと、どんどん力を蓄えていっているようだ。身体の奥底から焼けるような欲望が波のように押し寄せてくる。
 手の動きでは追いつけないほどのそれは、ついに蓋を弾き飛ばして迸った。
「ッ……はぁ、はぁ……」
 どっと疲れが押し寄せてくる。全身を包まれるような充足感があった。汗が引いて、寒さを感じる。足元に散った体液をシャワーで流し、今度こそ浴槽に入ろうと思ったのだが。
「……まだ、かよ」
 我ながら、有り余る性欲に驚愕する。
 なまえのことをより近く感じるようになった気がする。
 明日はどんな話ができるだろう。
 こんな自慰ではなく、いつかもっと、本当に彼女を近くに感じることができるだろうか。
 そうなれればいい。
 そのときには、たくさん愛し合えたら……。
「……だめだ、考えれば考えるほど煮詰まる……」
 さすがにそのときのことまで考えるのは早すぎる。
 ついさっき自覚したばかりだ。
 まずは、そう、まずはきちんと彼女と向き合うところから始めよう。
 持て余したものは全部湯で流してしまって、新たな気持ちで、彼女と向き合おう。




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