轟焦凍*



 床にぺたりと座ってファッション雑誌をぱらぱら捲っていると、視線が向けられていることに気づいた。彼もさっきまでは本を読んでいたと思ったが。
「なぁに?」
 雑誌を置いて目を上げると、逸らされた。
「いや……気にすんな」
 そう言いつつも何か言いたげだったので、雑誌を閉じてソファに座っている彼の隣に移動した。
「いいよ。眺めてただけだから」
「服……買うのか」
「ううん。別に」
「今度の休み、買いに行くか?」
「それなら、別のことしたいかな。焦凍くんは行きたいとこある?」
「いや……」
 どうやら休日の予定を話したかったわけではなさそうだ。なまえは焦凍の手を撫でたり、指を絡めたりして、くっついてみる。焦凍はしばらくなまえのしたいようにさせていたが、手を首に回すとキスをした。
「……これ、いいって意味か?」
「ん?」
 甘いキスにうっとりしていると、焦凍がそんなことを訊ねる。いつもは雰囲気でなんとなく、そういう流れになっているのだが。
「うん……そういうつもり、だけど」
 ソファに寄りかかる焦凍の上に、なまえが圧し掛かっている体勢。腰に手が添えられて、密着している。
「いやなら、いやって言うか?」
「ええと、うん……」
 いつも、焦凍は様子を見るようにキスしてくる。だいたい、なまえ自身もそういうことをするかも、と予期できるタイミングだ。時間があるときや、そういう流れになるかなぁと思っていると、大抵はそうなる。
「どうかした?」
「ああ……」
 焦凍は迷いながら口を開いた。
「最中に、いや、とか、ダメって言うことあるだろ」
 普段、こういうことについて話したりしないので、なまえは真っ赤になってしまう。それを見て、焦凍は申し訳なさそうな顔をした。
「悪い。でも、気になってたんだ」
「そ、そっか」
 ならば、なまえも恥ずかしがってばかりはいられない。
 焦凍が気にしていることなら、直したい。
「じゃあ、ちゃんと聞く」
 なまえはソファに正座した。
「そんなかしこまんなくていいんだが」
 焦凍も身体を起こす。腕をなまえの腰に回してゆるく抱いた状態のまま、続けた。
「その……俺、感情の機微とか、そういうの疎いから。あんたの言葉、そのまま受け取っちまうとこあってさ」
「そ、そんなことないでしょ」
 確かに少し鈍いところもあるけれど、それはそもそも知らないから、彼が想像しようもないことだからで、彼なりに気遣って、優しくしてくれているのをよく知っている。
「だから、ダメなのかって思う。今のはまずかったかなって。それでやめられりゃいいんだが」
 なまえは恥ずかしいのを必死に堪えながら、情事中の自分を思い出す。あまりに気持ちよすぎると、恥ずかしくなってついつい口では嫌がってしまっていた。それで本当にやめられると、少しがっかりしている自分がいたりして、余計にやるせなかったりして。
「全然、焦凍くんダメなんてこと、ないよ……?」
 本当に痛かったり、いやだったりしたことは一度もない。
「でも、結構強引にいくことあるだろ? いやって言ってるの、ねじ伏せちまったり……いやだって言うあんたが、かわいくてつい……抑えきれないことがたびたび」
「ん゛んっ?!」
 思わず変な声が出た。ちょっとこれ以上の話し合いが耐えられないかもしれない。それくらい心臓がばくばくした。
「そのあと、やりすぎたって反省する。なのに、結局またやっちまって……。俺、やべぇんじゃねえかって」
 顔に手のひらを押し当てた形相は、かなり思い悩んでいる様子だった。
 言えない。
 余裕のない焦凍に責められてこちらもかなり興奮していたなんてこと、絶対言えない。
 そういうときの彼は積極的で、ちょっと意地悪で、そんなところがたまらなくかっこよくて、求められるのが嬉しくて……
 いや、それではだめだ。彼がこんなに悩んでいるのだ、なまえも正直なところを打ち明けなければならない。
「悪い。なまえ。俺は……」
「焦凍くんはやばくないよ!」
 なまえは焦凍の胸に手を押し付けるようにして、その顔を覗き込んだ。
「いっぱい、それくらい愛してくれてるんだって……その、いつも、嬉しいよ!」
「……っ」
 焦凍の指先がぴくりと跳ねる。しかし、そこは堪えた。
「……なまえ、気ぃ使わなくていいんだぞ。俺、ちゃんと直すから。嫌なことは嫌って言ってくれ。むしろ、言ってもらわないとわからないんだ。わからないまま、あんたに我慢させるのはいやだから」
「うん。ごめんね。焦凍くんの気持ち、私もわかってなかった」
 そうだ、言わなきゃ。
 言葉にしなくちゃ、やっぱり伝わらないんだ。
 なんとなく流れに任せて、見ない振りしていたものは、積み重なってしまう。取り返しがつかなくなる前に、きちんと向き合わなければ。
「あのね、ほんとにいやなら、口だけじゃなくて、身体でも抵抗する。しないときは……いやじゃないの」
「いや、じゃないのか……?」
 焦凍の視線が宙を泳ぐ。何かを思い返しているらしい。
 いつのときだ、どの行動を思い出している、今すぐやめてと叫びたかったがそれでは話し合いが進まない。
「あああえっと、いやって言っちゃうのは……っ、なんていうか……は、恥ずかしいからで……!」
「何が恥ずかしいんだ?」
「だって、なんか、い、いいって……言ったら、私、めちゃくちゃえっちな子……みたいじゃない……ッ!?」
「……ッ!?」
 焦凍の身体を衝撃が駆け巡った。今すぐ抱きたいこの女。
 衝動をなんとか堪えて、話し合いを続行する。
「つまり……照れ隠し、みたいなもんか……?」
「そ、そう……照れ隠し、だよ……」
「じゃあ、いやじゃなかった、んだな?」
「うん」
「よかった、のか?」
「……うう」
 はっきり答えるにはやはり恥ずかしい。アレとかソレとか、すでにやってしまったこととはいえ、認めるのはすこぶる恥ずかしい。
「できれば、正直に答えて欲しい。じゃねえと俺、わかんねえから」
 そんな風に素直に言われてしまうと、何を照れているのかわからなくなる。
 彼の不安を解消するのと、自分が多少恥ずかしい思いをするのと、どちらが重要なのかといわれれば。
 なまえは葛藤する。
「なまえ……」
 請うように名前を呼ばれてしまっては、降参するしかなかった。
「よ、よかったよ……!」
 焦凍の顔は見れない。手のひらで顔を隠して、ようやっと声を絞り出す。
「初めてのときも、そのあとも、いつだって。いつも、焦凍くんとえっちするの、気持ちよかったよ……!!!」
 言った。言い切った。
 焦凍から反応はない。恥ずかしすぎて消え入りたかった。どうしよう、と泣きそうになっていると、ぎゅっと抱きしめられた。
「……悪い、俺が言わせておいてなんだが、なんかめちゃくちゃ罪悪感が」
「い、いいのっ! 焦凍くんは悪くないの! 私がちゃんと言わなかったのがいけないんだから……っ」
「いや。聞けて嬉しかった。ありがとな」
「……っ」
 さらに強く抱きしめられた。心臓の音がうるさいくらいに高鳴っている。二人分の音が、重なっていた。
 手のひらを焦凍の頬に添えて、唇を受け入れる。
 一度認めてしまえば、なんてことはない。素直になることが、とても心地よかった。
 なまえが喜べば、焦凍も喜ぶ。単純で、幸せな方程式だ。
 なまえの手を頬に押し当てて、微笑む彼の顔が涙で滲んだ。
「……あ、ま、待って、ここじゃ……」
 そのまま服に手を入れられそうになって、思わずなまえは押し留める。
 カーテンは空いてるし、まだ太陽は高い。
「焦らすなよ」
「そうじゃないけど……っ」
 焦凍は煽るように笑ってなまえの口を塞いでしまう。スイッチが入ったらしい。容易なことでは止まらない。
「あ、あんまり見ないでほしい……」
「"嫌"か?」
 焦凍はそう訊ねながらも自分のシャツのボタンを外しに掛かっている。もう隠しようがない。なまえ自身、疼いていることを気づかれてしまっている。
 止まれないだろ、お互い。
 開いたシャツから鍛えられた逞しい胸板が覗けば、そこから目を離せるはずもなく。自分だけは見ないでなんていえたものではなかった。
 なまえは思い切って、自分でTシャツを脱いだ。
「おお」
 なまえが見せた大胆さに、焦凍が一瞬素に戻って目を丸くする。
「隠すなよ」
 しかし、そこから動けず腕を胸の前に回していたら、焦凍にそっと掴まれてしまった。ブラのホックを外され、するりと外されてしまう。
「見せてくれ」
 大きく息を吐くと、それだけで胸が上下し、弾んだ。先端はすでに赤く尖り、空気の冷たさに震えている。
「焦凍くん……あっ」
 じっと見つめられてしまって、じれったく名前を呼ぶと、左手で下から掬うようにして揉まれ、右は口の中に含まれた。舌で転がされ、強く吸われる。左は円を描くように突起の周りを指で撫でられ、膨らんだところを摘まれ、きゅっと押し込まれる。
 胸から腹へと口付けが降りていく。腰から尻へ手が滑り、ショートパンツが脱がされた。
 下着がずらされると、もう濡れているのがわかった。
 ぷっくりとした芽を、親指の腹で撫でられる。それだけで声が出てしまう。指が陰唇からあふれ出た蜜を掻くように周辺を撫で、そこの柔らかさを確認する。
「指、入れるぞ」
「うん……っ」
 なまえが答えると、中指がするりと中へ侵入してきた。ごつごつとした関節が襞を擦り、なまえに甘い疼きを与える。
「あっ……」
 そのまま下から上へ、何度か擦る。さらに指を奥へ進め、根元まで入った。きゅう、と内壁が伸縮して、焦凍の指を捕らえる。焦凍はそれを押し退けるように、一度抜いて、また刺しこんだ。
「あぁっ」
 何度か繰り返して、なまえの反応が大きくなっていくことを確認する。
「ふぁ、……あっ」
「気持ちいいか?」
 訊ねる顔は少し意地悪に歪んでいる。なまえは頷くしかなかった。
「うん……気持ちいいよ……」
「もう一本、入るか」
「え? ああっ!」
 薬指が捻じ込まれて、なまえは背筋を逸らした。
「っ……!」
 ぎゅっと焦凍の腕を握って耐える。
「んんっ……!」
「……そういう顔、好きなんだよな……」
 ぼそりと不穏なことを言われた気がしたが、返事をする余裕はなかった。
「ああっそこぉ……ダメッ!」
 奥の一点をぐりぐりと責められて、思わずなまえは足を閉じようとする。
「それ、ほんとにいやって意味か?」
「んあ、あっ、やぁ……っ」
「いやならやめるが……」
「ま、って」
 なまえは精一杯になりながら口を押さえ、首を振った。
 焦凍は顔を近づけ、なまえの表情をまじまじと見てくる。
「どっちだ?」
「んんっ……!」
 やっぱり焦凍くん、意地悪だ。
 なまえは涙を浮かべながら、快楽を失うまいと必死に喘いだ。
「やめないでっ……」
「ダメじゃねえのか?」
「うんっ……」
「じゃあ、どうなんだ?」
「あぅ、気持ち、い、気持ちいいぃ……っ」
「そうか」
 焦凍は口角を上げ、なまえにキスをする。分厚い舌がなまえの舌を絡めとり、強く吸われる。
「……やっぱ、俺やべえな。あんたのそういう顔、つい見たくなる」
「う……っ、いじわる……」
「そうかもな」
「でも……そういうとこ、好き……っ」
「……んなこと言って、後悔してもしらねえぞ」
 焦凍の表情から余裕がなくなった。そういう顔が見たいんだ、となまえは思う。
 だからきっと、お互い様。
 もっと奪って、乱暴なくらい、貪欲に。
「いいか」
 掠れた声は切羽詰っていて懇願すら含まれている。なまえは頷いた。焦凍はなまえの右足を持ち上げて肩に掛けると、ゆっくりと捻じ込んだ。
「はぁ……っ」
 搾り出すような声が色っぽく、辛そうに歪んだ顔から滴る汗さえも愛おしい。
 彼を全身すべてで包み込んで飲み込んでしまいたい。
 なまえは焦凍の首に腕を回し、力を込める。
「あッ……」
 水音が絡み合う。
 硬いものがなまえの中を抉って、あまりの快感になまえの脳が痺れ始める。こうなると何も考えられなくなって、ただ突き動かされるままに嬌声を上げる肉体と成り果ててしまう。
 焦凍に全身を預け、何度も何度も突き上げられ、すべてを吸い尽くそうと絡みつくとするりと抜けられてしまう。弛緩したところへ間髪を入れず次の動作があり、またなまえは逃がすまいと食らいつく。
「あっ、焦凍くん……っ」
「なまえ……ッ」
「焦凍くん、気持ちいい……?」
「ああ。いい……ッ」
「私も、気持ちいいよ……ッ」
「ああ、わかってる……っ」
 ぎゅっと抱きしめられて、さらに奥まで入ってきた。
「あんたの中、溶けそうなほど熱い……ッ」
 律動が早くなる。呼吸もできなくなるほどただただ快感が押し寄せてきて、なまえは意識を手放した。

 目を覚ましたときには、ベッドに寝かされていた。
 隣の焦凍は仰向けになって目を閉じていたが、寝ていたわけではなかったようだ。なまえが気づいたことに気配で気づき、目を開けた。
「大丈夫か」
「……うん」
「悪い。やりすぎた」
「ううん。大丈夫だよ」
 気にしないでと、なまえの方から焦凍の額にキスをする。焦凍は自分の額を見ようとするかのように上を見て、起き上がるとなまえの唇にキスをした。
「こっちがいい」
「……ふふっ」
 その可愛さに笑みがこぼれ、なまえはもう一度、今度はその唇にキスを返す。
「……なぁ、なまえ」
「なぁに?」
「シャワー浴びるか」
「うん」
「一緒に」
「うんっ!?」
 焦凍はなまえの腰を抱き寄せて、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。
「ついでだ、いいだろ」
 どうやら今日は、まだまだ始まったばかりらしい。
 なまえは観念して、流されることにした。




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