爆豪勝己

「なまえってさ、絶対爆豪のこと好きでしょ」
「は?」
 意表を突かれて、苛立っていた心が一瞬で鎮まった。そもそも何について怒っていたんだっけ。そうそう、その爆豪勝己だ。
「ついさっきも言い負かしてきたところだけど……? 爆豪が……なんて……? もっかい言ってくれる……?」
 冷静になろうと努めながら聞き返すと、友人は腹を抱えて笑った。
「言い負かすって言うか、暴言吐かれて聞き流されただけじゃん。諦めないよねえ、なまえもさ。あいつが聞く耳持つわけないのにさ」
「曲がりなりにもヒーローになりたい人間があの態度はどうかと思うって当然のことを言っているだけよ! ほんっと、見た目がヴィランっぽいヒーローはそりゃいるわよ、でもさ、みんな心は正義の味方だから振る舞いも自ずからそうなるわけ! だというのにあいつは個性はまだしも心の方といったら……」
「あー、そういうお説教は本人がいるところでして。ていうかそういうとこだよー」
「そういうって、どういうとこよ」
「なまえ、爆豪のことばーっか」
「は!? 私が!? いつ!」
「今もだし、いつもだよ」
 そんな馬鹿な。
 そりゃ同じクラスにいる男子の中でもとびっきりの不良がいればどうしたって目につくわけで、倫理に悖る素行を許せない性質の私としては、どうしたって注意しに行かざるを得ないわけで。
 不可抗力だ。
「あいつがヒーロー候補らしくなれば私だって口うるさくしないよ」
「そうかな」
「何を持って疑うのよ」
「普通さ、他人のためにそこまでしないよ? 怒るのって案外パワーいるじゃん? だから普通はさ、見ないフリしたり、他のいいとこにだけ目を向けたり、最終的には見限って、何も言わずに離れてくんだよね」
「……そう? 気になるところがあったら言わない?」
「仲いい子にはね」
 にやりと含みのある笑い方をされた。
 仲がいい子?
「もしくは、これからも仲良くしていきたいと思ってる相手」
「仲良く……」
 鳥肌が立った。
 え、仲良くお歌でも歌うの? 気色悪い……。
「まあ、いつまでもそれじゃ進展も何もないだろうけどさ……」
 同情するような目を向けられてしまった。進展ってなんの進展よ。
「とにかく私は諦めないから!」

 今日も今日とて、普通科の子に邪魔だどけ! なんて乱暴なことを言ってる後姿を見てしまったからには、廊下の端から端までだって追いかけてやるんです。
「爆豪! 待ちなさい!」
「ああん?」
「見てたわよ、今の!」
「なんだよ、つうかお前、いっつも俺のこと見てんな」
「あんたがいっつも悪いことしてるのよ」
「はァ? 別にてめェのためにやってるんじゃねえんだよ。突っかかってくんな」
「こっちだってあんたのためじゃないわよ。普通科の子に申し訳ないから言ってるの!」
「あいつ、お前の知り合いだったのかよ。だったら先に道を塞いでんじゃねえってどかしとけ」
「どうしてあんたはいっつもいっつもそう……!」
「てめェこそいっつもいっつも、なんなんだ?」
 爆豪の肩を掴もうとしたら、振り払われて、手首を掴まれた。
 顎をしゃくるようにして、私を見下す。
「その目が……大ッ嫌いなの……!」
 どうしてそんなに、悪そうに振舞うのよ。
 そういうとこ、見てて本当に。
「なんであんたはそうなのよ……。もっとちゃんとしてよ。もう、高校生なんだから……」
「知るか。てめェは母親かなんかかよ」
「そうじゃないわよ」
「じゃあ彼女ヅラかよ」
「は……は!?」
 顎をしゃくりあげたまま、にい、と爆豪は凶悪に笑った。
「ずーっと俺のこと追い掛け回してよォ……そんなに俺が好きかよ? なまえちゃんよォ」
「なっ……ッ、はぁああ!?」
 かあっと頭に血が昇る。私が焦ると、ますます爆豪の笑みが深まるのがわかってさらに腹が立った。
「ばっっっっっかじゃないの!? 馬鹿! 馬鹿よ馬鹿! そこまで馬鹿で自惚れてる自意識過剰の俺様だったとはね!」
 思いつく限りの言葉で唾棄しても、爆豪はニヤニヤするのをやめない。
「ていうか放しなさいよ! 痛いってば! 何勘違いしてるか知らないけどあんたのことなんか大ッ嫌いだから安心しなさいよ!」
「へェ、そうかよ」
 だからそのへらへら笑いがむかつくっていうの!
 なんなの!? なんでそんな顔するのよ。
 何がそんなに愉しいのよ!
「じゃ、大人しくしといてやるよ」
「は……?」
「そうすりゃ、うっとうしいてめェの怒鳴り声がなくなるんだからよ。せいせいすらァ」
「どういう……心境の変化よ……」
「そりゃァ、俺ももう大人だからな。これからは……」
 ぐいっと腕を引っ張られ、顔が近づく。
 触れそうなくらいに近づいた口が通り過ぎ、耳元に囁いた。
「別の方法でかわいがってやんよ」
「……ッ」
 喉の奥で笑う音にぞわりとする。
 こんなヤツを好きだなんて、誰が。
 何をどうしたらそうなるっていうの、どう足掻いたってこんな嫌なヤツ、好きになりようがないじゃない。
 ぱ、と手を離されて、力が入らずそのままぱたりと手を落とす。
「……あんたなんか、嫌いよ」
「関係ねェよ」
「大嫌いよ」
「俺が好きだっつってんだ、てめェの意思なんかどうでもいいんだよ」
「大嫌……は?」
 今日の爆豪はどうかしてる。
 今度は何を言い出してるんだ?
 それとも、私の方がどうかしちゃったのかしら。
「気色悪……っ」
「ハァ!? てめェ何引いてんだゴラ!」
「えっ、気持ち悪……えっ、なんて? 今なんて?」
「てめェ二度と言うかクソ女!」
「いやうん聞きたくない、二度と聞きたくない」
「あ? 死ぬか?」
「なんか……悪いものでも食べた?」
「うるっせェ俺はすこぶる健康だこのニブチン野郎」
「保健室行ったほうがよくない……? ほんとなんか今日のあんた変だよ」
「めんどくせェ女だなァオイ!」
 乱暴に顎を掴まれて壁に押し付けられた。
「いいかよく聞け、今日からてめェは俺の女だ。反論は聞かねぇ」
 むちゃくちゃなこと言い出した。
 誰が誰の女?
「もろ手をあげて降参しろ。俺にすべてを差し出せ」
「……誰が……あんたなんか……っ」
 手をどかそうにも力じゃ叶わない。
 かろうじて指に噛み付いて、反抗を示した。
 爆豪の笑みが深くなる。
「大ッ嫌いだ」
 やっぱり私もどうかしてる。
 さっきから愉しすぎて、興奮が抑えられないんだから。




prev * 5 / 7 * next