お姉さんとアイチくん3



 スマホを手に持っては、真っ黒なスクリーンに向かって溜息を吐く。
 そんな日々が続いていた。
 だって、連絡先を教えてもらったって。
 なんてメールすればいいの? 電話? もっと無理!
 クレープ食べに行きませんかって誘えばいいのかな。
 でもなんだかそれも変だよね。
 僕達、別に友達になったわけでもないんだし……あ、でも、アドレス交換して、名前も知って、お互い自己紹介したんだし、友達……って言っても、おかしくはないのかな?
「ゆりかさん……」
 自己紹介、といっても、ゆりかさんがいくつなのか僕は知らない。どこの学校に通っているのかも。たぶん、あの制服は高校生だと思うんだけど。
 そんな僕に気づいて、森川くんや井崎くんがからかってくる。
 なんだ、女か。そうだけど、でも違うよ。そういうんじゃないんだよ。そうじゃないってなんだ? 女相手なら、そういうことだろ。
 そういうこと。
 どういうこと?
 よくわからない。
 僕はまた真っ暗なスクリーンを見て溜息を吐く。
 連絡、してみたい。
 でも、どうやって伝えたらいいのかわからない。
 迷ってる間にも、時間は過ぎていってしまう。
「僕ってほんとにダメだな……」

 へこんだ気分を引きずったまま、カードキャピタルに向かう。
 櫂くんと再会して、森川くんや井崎くん、三和くんやカムイくん、ミサキさんとファイトするようになった、僕の新しい寄り道先。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「あれー? アイチくんだ」
 そっけないミサキさんの声に続いて、可愛らしい声が僕の名前を呼んだ。
 はっと顔を上げれば、カウンターでミサキさんと向かい合っていたゆりかさんが、僕に向かって手を振っていた。
「あっ、ゆりかさんっ……!? どうしてここに?」
「ミサキ、アイチくんと知り合いだったんだ?」
「そっちこそ、どこで知り合ったわけ」
「ほら、この前の路地裏」
「ああ……あれか」
 ゆりかさんとミサキさん、二人で会話を始めてしまって、僕は間に入っていけない。
 でも、そっか。ゆりかさん、ミサキさんと同じ学校だったんだ。
「あの、ゆりかさんもファイト……するんですか?」
 それなら嬉しい。共通の趣味があれば、メールもしやすくなる。
 そう思ったのに、ゆりかさんはぱっと首を振った。
「ううん。やってないよ! たまにミサキに会いに顔出すだけ」
「営業妨害……」
「友達を妨害扱いすんなってー」
「そ、そうなんですか……」
 あっさり否定されて、落ち込む。
「……たまには、見ていけば。コイツのファイトでも」
 ふと、ミサキさんがそんなことを言う。気を使ってくれたんだろうか。まさか僕の気持ち、見抜かれた?
 いやいや、そんなまさか、ね。
「ミサキがそう言うなら、せっかくだし見ていこうかな。アイチくん、見学してってもいい?」
「は、はい!」
 僕はドキドキしながら三和くんとファイトすることになった。今日は櫂くんは来ていない。
 ゆりかさんが見ていると思うと、ミスしないように、負けないようにしなきゃ、と余計な力が入って、普段より散々な結果になってしまった。
「負けました……」
「おいおいアイチ、どうしたんだよ、お前らしくないぞー? いつもならそんな初歩的なミスしないだろ」
「う、うん……」
 三和くんがフォローしてくれるけど、みっともなく負けてしまったのは事実だ。
「今のでアイチくんの負けなの? なんかよくわかんなかったな。どうなってそうなったのか解説お願いしてもいい?」
「おう、いいぜ。今のはな……」
 ゆりかさん、三和くんの方に解説を頼みに行っちゃった。
 そうだよね、僕なんかより、ずっとわかりやすく説明できるもん。
 僕はまだ初心者だし、弱いし、ゆりかさんに教えられるほどの腕じゃない……。
「……アイチ、へこみすぎ」
「そ、そんなこと……ないです」
 そんな僕を見かねてか、ミサキさんが声を掛けてくれたけど、僕は強がることすら上手くできなかった。
「あっと、そろそろ帰らなくちゃ。アイチくん、またここに来るの?」
「は、はい! 毎日来ます!」
 ゆりかさんに名前を呼ばれると、背筋がぴしっと伸びる。
「毎日かー。ファイト頑張ってね! じゃあね」
「はい! ま、また」
 あし、明日、となんとかもつれる舌から言葉を押し出したころには、ゆりかさんはもういなかった。
「へーえ」
 代わりに、一部始終を見ていた三和くんが、意味ありげな声を上げる。
「な、なに?」
「ゆりかちゃん、か」
「むっ」
 さっき知り合ったばっかりなのに、名前で呼ぶなんて三和くん、馴れ馴れしいな……。
「あ、怒った。アイチが怒った!」
「お、お、怒ってないです!」
「悪い悪い。まあなんだ、頑張れよ」
「え?」
「お兄さんは応援してるぜ。若人の恋路を」
 なあ姉ちゃん! と三和くんは上機嫌にミサキさんに話を振る。ミサキさんはつんとしてそっぽを向いてしまった。
「ミサキさんは……」
「なに」
「あっ、いえ!」
 ゆりかさんの友達なんですよね、と言いたかったけれど、睨まれてしまった。
 話しかけてほしくないって雰囲気だ。
 そんな僕の肩を、三和くんはぽんぽんと叩く。
「俺でよければいつでも相談に乗るぜ」
「あ、ありがとう……?」
 なんの相談をすればいいんだろう。
 でも、力になってくれるって言ってくれてるんだし、なんだか心強いな。
 ゆりかさん。
 もしかしたら、明日もここに来てくれるかな。


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