お姉さんとアイチくん1
「あれ? またカツアゲかなー?」
怖い人たちに路地裏に押し込まれ、お金を出せと脅されていたところに響いたのは、やけに陽気な、可愛らしい声だった。
「ゆりか、変なところに入るな」
路地を覗きこんでいた人の後ろから、別の女の人の声がする。
その声を聞いた時、僕を脅していた人たちが一様に青ざめて、ヤバいぞ、アイツは、とかなんとか言い合うと、そそくさと立ち去って行ってしまった。
「ひゅ〜。さっすが番長。ひと睨みでヤンキーどもを蹴散らしちゃったよ」
「番長じゃない。ていうか、私何もしてないし……。店番しなきゃいけないんだから、先行くよ」
「はいはーい! また明日ね!」
路地裏の向こうでそんなやりとりが聞こえ、一人が立ち去る足音が聞こえた。
そしてまた、路地裏を覗きこむ女の人と、目が合った。
「そこの君! いつまでもそこにいたら、また別の人に襲われちゃうよ」
「えっ、あ、はい」
おいでおいで、と手招きする彼女に引っ張られるようにして、僕は薄暗い路地裏を脱出した。
「この道、登下校のときに通るんだけどさ。たまに悪い奴らがたむろってるんだよね。だから友達と一緒に帰るようにしてるの。さっき一緒にいた子、めちゃくちゃ頼りになるんだよ」
彼女はぺらぺらと喋りながら、ずんずん、どこかへ歩いて行く。
どこに向かっているのかはわからない。
「この前も君のこと見かけたんだよ」
「そ、そうだったんですか」
いつだろう、確か先週の火曜日も、僕はここでうっかり怖そうな人と目が合っちゃって、因縁をつけられたことがあったけど、そのときのことかな。
「そのときは急いでたからさ。その日駅前のクレープ屋さんで新商品が出る日だったからさ! 限定100食だったからもう走って走って」
つまり、クレープを優先して、僕は見捨てられたってことだろうか……。
別に、知り合いでも、同じ学校でもないこの人に僕を助ける義理なんてないんだけど。
「それからずっと気になってたんだよね、君のこと」
「えっ……?」
あっけらかんとした笑顔を向けられて、どきりと心臓が跳ねた。
すごく、可愛い笑顔の人だ。
「また路地裏に囚われてるんじゃないかなーってさ。そしたらビンゴ! 毎日路地裏を張ってた甲斐があったよ」
「そ、そうですか……」
なんだろう、どうやら僕のことを案じて、助けようと思ってくれていたみたいだけど、素直に喜べない。
僕、そんなにしょっちゅう捕まってるように見えるのかな。
「ねえねえ、駅前のクレープ店、行ったことある?」
「え?」
「クレープだよ。嫌い?」
「嫌い、じゃ、ないです、けど……」
「そっかそっか。私大好きなんだ、駅前のクレープ店! あそこはここらで一番美味しいよ」
「はあ……」
いつの間にか話題がクレープ屋のことに移ってしまった。
駅前のところは、多分食べたことないな。
「というわけで、これから食べに行くのだ! ではさらば!」
「えっ? ええっ」
彼女は上機嫌にずんずん歩いてしゅばっと手を上げると駅の方角へ消えてしまった。
なんていうか……マイペースな人だ。マイペースすぎる。
「あ、僕、お礼言ってない……」
彼女のペースに巻き込まれて、すっかり伝えるのを忘れていたけど、彼女はそもそも、窮地に陥っていた僕を助けてくれた……はずなんだ。
名前すら聞いてない。
僕はなんてバカなんだろう。
「……この道、登下校路って言ってたな……」
じゃあ、また会えるかな。
ここで待っていれば。
明日、待っていよう。
そして、お礼を言おう。助けてくれて、ありがとうございましたって。
絶対、言うんだ。
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