気付いてしまったら





「私……あの人嫌い……」
 意識して聞いているつもりはなかったのだが、どうしてか耳に入ってしまった。それは明らかに自分に向けられていたもので。
 横目で伺えば、戸倉の友人が、カウンターの側に立ち、こちらを遠巻きに眺めている。
 ……目が、合ってしまった。
 誤魔化しようがなかった。そのまま、俺達は視線を外せない。傍から見れば、見つめ合っているような恰好になってしまった。睨む、わけではない。戸惑いと、素直に、疑問を抱いた。
「なぜだ?」
 聞こえてしまったのだから、向こうもこちらに聞こえてしまったことに気付いたのだから、いっそはっきりさせてやろう。
 俺は率直に問いただした。戸倉が一瞬俺を睨み、困ったように彼女に視線を向けた。彼女はちょっと首を傾け、俺を眺める。値踏みでもされている気分だ。
「……別に」
「嫌い、というからには何か理由があるんじゃないのか」
 ファイト中だった三和と先導の手が止まる。
 必要以上に注目を集めてしまって、彼女は肩をすくめた。
「理由っていうか。君、強すぎるし。雰囲気? 苦手」
「ははっ、こいつ、いっつもしかめっ面だからなぁ」
 応えようとしたら三和に口を挟まれた。
「でもさ、これでもこいつ前よりはずいぶん変わったんだぜ?」
 頬をつねられそうになったので、手を払いのける。肩に伸し掛かっていた三和を腕で押しのけ、彼女の前まで三歩、進み出た。彼女は目を逸らさず、俺を見上げる。
「俺が……嫌いか」
「……別に」
「嫌いか?」
「まあ、嫌い」
「それは困る」
「なんで」
 気だるげに彼女は問い返す。嫌悪感を表すでもなく、愛想笑いをするでもなく、その態度はとらえどころがなく、彼女の心がまるで見えない。
 なぜ、と答えようとして、言葉に詰まり、目を逸らす。
 俺はなんと言おうとしたのだろう。
「……お前は、ここにファイトしに通っているだろう」
「たまに」
「俺も、ここに来る。たまに」
「そうだね」
「俺のせいでお前がここに来ないとなると、困る」
「どうして?」
「……お前に」
 会えなくなるから。
 ……俺は、本当に何を言おうとしているんだろう。
 ただ、嫌いと言われて、心が動いた。
 よく戸倉と一緒にいるところを見ていた。たまに先導や森川や三和と話しているところも見ていた。
 俺は、いつも遠くから見ているだけだった。
 今思えば、彼女は俺を避けていたんだろう。
 嫌いだと言って憚らない、存在だから。
 そうとも知らず、俺はずっと、新弾のパックを3つ買って欲しいカードを引き当てて喜んでいる姿や、長考しているときに手札のカードの縁を指でなぞるくせや、体育が以外に得意なところなんかを見ては、新しい一面を知った気になっていたのか。
「お前に、好きになってもらうにはどうすればいい?」
 恐らく、これだ。
 伝えたかった言葉。
 彼女は口の端を、ゆっくりと釣り上げた。
 初めて、俺に、笑いかけた。







twitterの診断「あなたは『「嫌い」と言われて「それは困る」と答える』櫂のことを妄想してみてください」を元に

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