バトルスピリッツ


秋と戦とカレー



「ゆーきむらっ」
 ぺち、と鼻の頭を叩かれ、ぎゅっと目をつむった。すぐにまぶたを開けると、太陽の光が刺すようで目が傷んだ。
 逆光の中で影が微笑む。
「……リルか、びっくりした」
「こーんなところで呑気に昼寝? 気持ちよさそうね!」
 そう言いながら、彼女は俺の隣にどさっと座り、草の上に寝転んだ。
「んー、最高! 太陽の光があったかーい」
 河原の土手は、この時間が一番日光が当たっていい塩梅なんだ。俺は幸せそうに目を閉じたリルの横顔を見守って、腕を頭の下で組み直すともう一度目を閉じた。二人で並んで昼寝っていうのもなかなかいいもんだ、と思ったときにはリルは騒ぎながら起き上がった。
「なんだよ、騒々しいな」
「騒々しいじゃないって、こんなとこで寝てる場合じゃないよ、幸村! 大変なんだって!」
「なにっ、トシと佐助がバトルするって!?」
「寝ぼけてるんじゃない。そんなこと一言もいってないでしょうが」
 それは見逃せない! と思って飛び起きたら勢いよく額を叩かれた。言ってなかったか。よく思い返してみればそれはさっきまで見ていた夢の中の出来事だったかもしれない。
「そうじゃなくって、大変なんだってば! ほら、早く起きて!」
「バトルじゃないならいいよ……もう一眠りしようぜ……」
「ほんっとバトスピのことばっかなんだから!」
 リルにぐいぐいと腕を引っ張られ、仕方なく立ち上がる。バトルが見られるわけじゃないと知って、俄然昼寝への欲望が盛り返してきた。こんなにいい天気の昼下がりなんて滅多にないだろうから、めいいっぱい堪能しないともったいない。
「今日だけなんだから絶対行かないと!」
「どこに行くんだよ」
 土手を乗り越えて歩くうちにすっかり眠気が覚めてしまった。これはもう戻っても微睡みこそすれ熟睡はできないな、と諦めの境地でリルに引っ張られるまま歩いた。いつまでも腕を引っ張られているのも痛いので、リルに手を離すよう促すと二の腕は解放してくれたが、手を繋いできた。
「もう逃げねえって」
「繋いでるだけだよ」
「え? あ、いや」
 なんでもないように言われて、却って恥ずかしくなった。
 いや、だって結構人通りあるし。なんかちらちら見られてる気がするし。
 ……ええい、この引っ張られてる感じの姿勢が情けないんだ。リルを逆に引っ張ってやろうという気持ちで大きく三歩前に踏み出したところで、行き先を知らないことに気がついた。
「いい加減、教えてくれないか? 俺はどこに連れて行かれるんだ」
「言ったでしょ。今日しかないんだって」
「だから、何がだよ」
「言ったじゃん」
「言ってねえ」
 と、答えながら彼女の表情が険しくなるのを見、本当に言われてなかったっけ、とスマホで日付を確認した。今日、何か約束をした覚えは……やっぱりない。
「あ、そっか。幸村は知らないんだ」
「え?」
 はた、と彼女は思い出したようにあっけらかんと言ったが、なんだかむっとしてしまった。俺が知らないことって、なんだ。
「ごめん。幸村ここに来たばっかりだもんね。そりゃ知らないか」
「だから、何を」
「これ!」
 リルは小さく折りたたんだ紙をポケットから取り出した。何かのチラシだ。
「……栗マロンかぼちゃカレー?」
「そう! 毎年この日に公園で秋祭りが開催されるの! そこで」
「バトスピ大会やるんだな!」
 もう珍妙なカレーへの興味は失せ、俺はチラシに書かれた大会ルールを熟読した。
「燃えるぜ……!」
「近所の子達がいっぱい集まって、バトスピとカレーを楽しむんだよ」
 私もカレー作り手伝ったんだ、とリルは話す。じゃあ、祭り会場から俺を呼びにわざわざ来てくれたのか。
「よしっ、急ぐぞリル! 開催時間もうすぐじゃねーか!」
「だから早くって……もう、さっきまで昼寝最優先だったくせに!」
「バトスピと聞いて黙っていられるわけないだろ!」
 目指すべき場所がわかったので、もたもた歩いているのはじれったい。リルを急かすと彼女は笑い声を上げながら俺に倣い足を早めた。
「でも、大会前にカレーだからね! 腹が減ってはバトスピはできぬ、だよ」
 その言葉の効果があったのか、目的地に近づき、カレーの香ばしい匂いが漂ってきたせいか、俺の腹がタイミングよく鳴った。
「幸村、素直すぎっ」
「これはっ、いい匂いがしたからだな……!」
「いっぱい食べてよ! いっぱい作ったから!」
「ああ! 食べて、バトルして、バトルするぜ!」
 呆れた風を装いながら、それ以上に楽しそうに笑う彼女を連れて、俺は走った。
 会場はもうすぐそこだ。




−−−―

幸村くんとほのぼのデートでした。
朱璃さん、遅くなってすみません。リクエストありがとうございました!



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