Helianthus
「私のお墓、つくらないでね」
赤茶けた岩陰に咲いている花。
黄色いヘリアンサスと柔らかな鋸葉。
花首が風にそよいでいる。
「……なぜそんなことを言う」
だって小さな花を、ちょっと足を止めて横目で何の気なしに見るものだから。
「私黄色はきらいなの」
「初耳だ。……何がいいたい、リル」
わざと話題を逸らした私に乗せられず、私の真意を確かめようとするなんて、いかにもあなたらしくない振る舞いばかり。
「白も嫌いよ。赤も嫌い、青も、緑も、紫も、ぜんぶ嫌い」
いっときだけ咲き誇って、あとは汚く枯れ朽ちていくつまらない雑草なんか、お供えされて喜ぶ人の気が知れない。枯れて色褪せたくしゃくしゃの花びらは土にこびりついて虫を呼び寄せる。
墓石の下に埋められた骨にまだ張り付いている肉片が死臭を放ち、小蝿を惹き寄せる姿と、花に群がる小虫の気味悪さは同質のものじゃないか。
「朽ちてしまえば、皆同じ。醜い躯をさらすだけ……」
踏み出した先の岩陰にも、黄色の鮮やかな菊の花。
踏み躙ろうか。
早いか遅いかの違い。種を残せようが残せまいが、散る命は一つだろう。花は散ってもまたどこかで似たような花が一面に蔓延る。季節が巡れば花盛り。
ここで一輪摘んだとしても、花のいのちに代わりはないの。
「……金色は、嫌い、でもない……かな」
瑞々しい花を一つ、彼の耳に挿し月光色の髪を飾る。
太陽に照らされるたび新たないのちを得て輝く月は毎夜その表情を変え、掴みどころ無く戯れに私の頭上に光を投げかけ、雲の向こうへ落ちてゆく。
バローネは一歩後ろへ下がろうとした私の背中に腕を回して、抱き寄せた。バローネに飾った菊が微かに香った。
「墓を作るな、ということは、お前を喪ったあとも偲ぶな、という意味か」
忘れて欲しいというわけじゃない。
「だってそこに私はいないの」
そこに埋められた骨は長い年月を掛け――あなたにとっては一瞬の間に――土塊と交じり合い分かちがたくなり、そこに一人の少女がいたという形跡は跡形もなく消えてしまうのだから。
「あなたのやり方で私を想って。偲ぶなんて人間じみた真似しないで」
墓を作るという文化がないなら、魔族にはそんなもの必要なかったのでしょう。死人を弔い、失った悲しみを癒やし、思い出にするという無意味な行為なんて、あなたたちには必要なかったのでしょう。
なら私を遺影の中へ押しやり、色を奪うなんてことしないで。
「……言うな」
バローネは小さく囁いた。
「お前は俺の腕の中にある。……今は、それだけで十分だ」
たとえいつ枯れぬとも知れぬ菊だとて、咲き誇っている間はこの髪に刺そう。
鮮やかに気取らぬ愛らしさでこの身を飾っておくれ。
乾いた岩陰に咲く花々、その中から無造作に選ばれたはずのその一輪は、選ばれたゆえに下の群生に戻ることはもうできない。あなたを慕ってはばからぬ花はどうしても離れがたく思い、朽ち果ててなお美しい小鳥へと生まれ変わるのでしょう。
(お墓見たがるバローネ様かわいかったんです)
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モドル