バトルスピリッツ


いつもの場所



 近くの公園、カードショップ、川辺、校庭、どこを探してもいない。
 次はどこを探そうと考える前に駆け出そうとする足が赤信号に引き止められた。無表情に停止を命じる赤いLEDを凝視しながら、足踏みをして息を整える。まだ走れる。止まりたくない。早くあの人を見つけなきゃ。
 青だ。GOサインにたまらず走りだす。息は上がったまま、胸は苦しくて、足は悲鳴を上げている。
 でも止まれない。
 頭の中は彼のいる景色でいっぱいだ。閑静な住宅街の側にある桜並木、机を囲む人だかりのその中心、黄昏に染まる横顔は大人びていてなんだか声が掛けられなかった。
 今日はどんな風景が見られるだろう。
 期待に胸が弾んで、浮足立って収まらない。

 彼がいそうな場所にやっとの思いで辿り着いては落胆するのを繰り返し、さすがに喉が渇いたので自販機の前で足を止めた。建物の日陰に入り、冷たい炭酸を流し込んで空を見上げる。
 あとはどこを探そうか。
 ――ああ、そうだ。どうして思いつかなかったんだろう。
 今日は天気がいい。

「のーぶくん」
 見晴らしのいい丘の上に置かれたベンチの上に仰向けになって、目の上に手をかざしていた。信くん、と何度か呼ぶと、ん、とくぐもった返事が返ってきた。
「おはよう」
「ああ、……喉乾いた」
 あくびをしながら起き上がった彼の隣にいそいそと座って、ペットボトルを渡す。彼はサンキュ、と言ってごくごくと喉を鳴らす。
「何にこにこしてるんだ?」
 関節キスをこっそり楽しんでるのです。
「はは、かわいい奴だな」
 何も言わずただにこにこしている私の頭を、信くんはわしゃわしゃ撫でてくれる。これだけでいっぱい走り回った私の半日が十二分に報われる。
「よくここにいるってわかったな?」
「今日は天気がいいもの」
「そうか、お前もこの景色が見たくなったんだな」
 信くんの顔が正面に向けられる。私はその肩に頭を乗せて寄りかかり、彼に倣って眼下を見下ろす。小高い丘と丘の間から、さわやかな風が吹き付けてきた。後ろから手を回して、また彼は私の頭をぽんぽんと撫でる。
 とても満ち足りた心持ち。
「何度見てもいいなぁ。ここからの眺めは。魂がどこまでも広がっていって、空や森と溶けこんだような気持ちになる」
「そうだね」
 信くんの低い声が肌を伝わって直に響いてくる。信くんの吐息、信くんの体温。寄り添って目を閉じると、もっとずっと近くに感じる彼の存在。
 できるならもっと、近づきたい。
 空が色を移ろわせ始めた。風が少しひんやりとしてくる。
「そろそろ帰るか」
「うん!」
 立ち上がった信くんに右手を伸ばす。信くんはその大きな手で私の手を受け止めてくれる。
 ゆっくり丘を降りていると、着信音が鞄の中からくぐもって聞こえてくる。
「電話か?」
「お母さんからだ」
「出ないのか」
「いいの。メールしとく」
 信くんはそうか、と言って思い出したようにポケットから自分の携帯を取り出した。
「電源切ってたままだった」
 いつも切ったままだから持ってる意味ないとよく怒られる、と彼は笑う。
 だから直接会いに行くのが一番なんだ。
 探して探して、会えたらそれだけでとっても幸せ。
「のーぶくん」
「なんだ、リル」
 ちょっとだけ甘えて名前を呼んで、繋いだ手に身を寄せる。
 穏やかに微笑んでくれる彼が好き。




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