自由と掟!


 テーブルの上にはバトルスピリッツのカードがバラバラと置かれていた。レイがデッキの調整途中で席を外したらしい。何気なく一枚を手にとって見る。赤い縁取りのされた絵の中心に、小さなドラゴンが描かれている。
「それ、ブレイドラってんだ」
「ふうん」
 隣室から戻ってきたレイがラキの持つカードに気づいて、その名称を教えてくれた。
 席にどかっと座り、ばらけていたカードを集め始めたので、ラキはブレイドラのカードをレイに手渡した。レイはそれを受け取りながら、ラキを見上げた。
「やってみるか? 教えてやるぜ」
「いや。悪いけど」
 ラキは迷うこともなく首を振る。
「暇つぶしだよ。付き合えって」
 レイは諦めない。もとよりどれほど言われてもバトルスピリッツをする気のないラキは首を傾げ考えこんだが、
「じゃあ、カードの種類だけ教えて」
 譲歩することにした。
「どういうものに価値があるのか知っておきたい。バトルはしないよ」
「ケチくせえな! まあいい。教えてやるよ」
 念を押すラキにレイは渋い顔をしたが、ラキに椅子を進め、まずカードの種類からだな、と何枚かをラキの前に並べた。
 宇宙船が順調に航海している間は退屈なものだった。
 その時間を使えば、かなりの数のカードを覚えられるだろう。その知識は今後大いに役立つ。レイは驚くほどたくさんの知識を有していた。持っているカードの数もかなりのものだ。
「こんなにクリスタルを手に入れたの? 自力で」
「おいおい、忘れてもらっちゃ困るぜ。俺は銀河一のカードクエスターだ」
「まだカードクエスターって奴にそうお目にかかったことがないからさ。こんなに集められるものなのか」
 腕がいいからな、とレイは胸を張る。それは虚栄などではなく、実績からくる自信の現れだということがラキにもよく理解できた。
「このカードはな、とある惑星に立ち寄った時……」
 そしてレイは、カード一枚一枚の思い出をラキに語って聞かせた。その語るときの表情、声音、仕草のすべてが、どれだけカードを大切にしているのかを如実に物語っていた。
 何より、きらきらと輝くその瞳は純粋で、マジダチなんだとカードを見つめる表情がラキの心に印象深く感じられた。
「どうだ、いいだろ? バトスピって」
「ああ。君がとてもカードに思い入れを持っていることはよくわかったよ」
 そうか、とにかっと笑ったレイは満足そうだった。
「じゃあバトル」
「は、しない」
 にっとラキも負けじと笑い返す。
 レイの笑顔が引きつった。
「かーっ、ガード硬えな。いいだろ一回ぐらい、減るもんじゃねえし」
「掟なんだよ。キャラバンはいかなる法にも与しない。銀河バトスピ法の強制力は伊達じゃないからね」
「自由であるために掟で縛るってのか? それは本末転倒にも見えるぜ」
「自由であることは何にも縛られないことと同義じゃないってことさ」
「はぁ? なんだそりゃ。わけわかんねえ屁理屈並べやがって」
 口論を交わすうちにレイの機嫌がみるみる悪くなっていく。
 わかってもらえないなら、こちらの立場をはっきりさせておくしかない。
 ラキは居住まいを正し、繰り返した。
「キャラバンの一員だからバトスピはしないし、この船のパイロットにはなれないよ」
「俺はお前にパイロットになって欲しいなんて言ってねえぞ」
「でも、私の腕が欲しいって」
 聞き間違えたかな、とラキは首を傾げる。
「言ってねえ」
 レイはきっぱり断言した。
「お前が欲しいんだ」
 ううん、とラキはますます首を捻る。レイは少々言葉が足りない。わかれ! と思いを真っ直ぐにぶつけてくる。ラキはぶつけられた思いをなんとか理解しようと考えてみた。
「格闘もそれなりにはできるけど……操縦と戦闘以外となると、そんなにレイの役に立てないと思うけどなぁ」
「そういうことじゃねえっ!」
「わっ」
 レイがテーブルの向こうから身を乗り出してきて、カードが飛び上がった。
 それに構わずレイはラキに手を伸ばし、腕を掴む。
「ぐだぐだ言わずに俺のもんになれよ!」
「強引すぎ! 私は物じゃない!」
「ターゲットできねぇし、ああ、くっそ!」
 レイは苛立たしげにラキの腕を離すと、カードを散らかしたまま部屋を出て行ってしまった。
 今まで、欲しいものはすべてバトスピで手に入れてきた。それが通用しない相手に対してどうすればいいのかわからない。
 拗ねたレイはいくらラキが呼んでも、部屋から出てくることはなかった。
 なんでこうなっちゃうのか、とラキは溜息を吐きたい気分になる。
 とにかく、二週間だ。
 二週間我慢すればいい、と自分に言い聞かせ、ラキは夕飯の準備をしに台所へ向かった。

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