鳴かぬなら鳴かせてみせるぜ籠の鳥!


 レイの船に乗って、初めての朝。
 ラキはシャワーを浴びて、浴室を出た。キッチンにはレイが立ち、すでに朝食を用意してくれていた。といっても、固形の宇宙食をチンして戻しただけの簡単なものだ。ハンバーガーとベーコンエッグ。添えられているのはコーラだ。
「よう。似合ってるじゃねえか」
 レイはテーブルの側に立ったラキに気づくと、口笛を吹いた。
「サイズ、ちょっと大きいけど」
 この船にはレイ一人しか乗っていない。当然、着替えも彼自身のものしか用意されていなかった。ラキはまだ数回しか着ていないというシャツとズボンを拝借した。ベルトでぎゅっと締めれば着れないことはない。
「そこ座れよ。飯、冷めちまうぜ」
「うん、いただきます」
 ハンバーガーを頬張りながら、ラキは改めてレイに確認した。
「スパルナまでは、どれくらい掛かる?」
「そうだな、だいたい二週間ってところだ」
 飛ばせばもう少し早く着くが、とレイは言ってくれたが、燃料を無駄にさせるのも忍びない。ラキはその予定で構わないと告げた。
「どうだい、この船の乗り心地は」
「悪くないよ。レイは一人で旅をしてるの?」
「ああ。究極のバトスピを探してる」
「究極の……話だけは聞いたことあるな」
 ラキはカードバトラーではない。スパルナにはバトスピをする習慣がなかったからだ。キャラバンは全てから独立した存在である。所属する国家もなく、銀河連邦に加入もしていない。たとえ銀河バトスピ法といえども、自由に宇宙を放浪するキャラバンを縛ることはできなかった。
「独立した自由……ね。いいな、キャラバン。気に入ったぜ」
 ラキはコーラを飲み干すレイを見ながら、昨夜の会話を思い出す。

 俺のものになれ――一方的なレイの言葉を、ラキはあっさり断った。
「悪いけど、それはできない」
「どうしても断るってんなら……こいつで決めてやる」
 譲歩する様子を微塵も見せないラキを見て、レイは一計を案じた。
 なんのことはない、バトスピ決めた勝敗には必ず従うこと――銀河バトスピ法を行使するまでだ。
「いままで俺は、欲しいものはすべて手に入れてきた。これからだってそうだ。ラキ、俺が勝ったらお前を俺のものにするぜ。ターゲット!」
 レイは赤いケースにデッキをラキに向け、自身の覚悟を示すように掲げる。
 しかしいくら待てども何も起きなかった。
「おい、なんでターゲットできねえんだよ!」
 壊れてんのか、とデッキを振り回し始めたレイを見て、ラキは苦笑した。
「ごめん、私バトスピやったことないから」
「はあ!?」
 この広い宇宙で、まさかバトスピの法に則らない人間がいるとは思いもしない。
 レイはまんまるに目をひん剥いた。

 ――それが昨夜の出来事である。
「私はそのキャラバンの一員。どこか他のところに縛られるなんて、考えられないから」
「ああ、お前がそう言った意味、よくわかったぜ。誰のものにもならず、自由に生きる。結構なことじゃねえか」
 レイはあっさりと納得してくれた。
 昨夜のアレは、レイの表情と態度を見るに冗談ではなく、真剣に発した一言ではあったのだろうけれど、その成否に彼はあまり拘らなかった。熱いけれど拘泥はせず、実に快活に事実を受け入れる。
「ところでラキよ。キャラバンにすぐにでも戻って会いたいヤツとかいるか?」
 コン、と空になったコップをテーブルに置いて、空になった皿を脇へのけ、レイはずいっと身を乗り出した。
「皆待ってると思うけど……会いたいような、会いたくないような」
 カーリーのことを話すときが刻一刻と近づいていると思うだけで胃が痛くなる。ヘタをすれば、今後は宇宙艇に乗せてもらえない可能性もあった。信頼を得て一人での職務遂行を許されていたというのに。つまらない意地でその信頼を裏切ってしまった。
 レイは渋い顔をするラキを見て、にやりと悪い笑みを浮かべた。普通に笑っただけなのかもしれないが、なぜか含むところがあるようにラキには見えた。
「つまり、こういうことをして怒るような相手はいねえんだな」
「なにが?」
 レイはひょいっとラキの髪を一房掴むと、顔を寄せた。キス。確かに彼はそうとれる行動をした。さすがにラキは驚いて、レイの手から自分の髪を取り返した。
「気安く触れるな!」
「お、お前が怒るか」
「不躾だろ、いきなり人の髪を触るなんて」
「惚れた女の髪なんだ、触りたくもなるぜ」
「なんの話?」
 だから昨日の続きだろ、とレイは不敵に笑む。
「ラキ。俺はお前を俺のものにするって決めた。異論は認めねえ」
「何言ってるんだ、もう断ったはずだよ」
「ああ。お前がキャラバンに戻りたいってのを止める気はねえ」
 だが、とレイはラキを壁際に追い詰める。いつの間にかふたりとも椅子から立ち上がり、じりじりと食堂の端へ移動していた。ラキは一歩後ろへ下がる。踵が壁に当たった。レイの片手がラキの顔の横に伸び、壁に当てられた。レイの腕と反対側は角で、ラキは逃げ場が封じられたことを知る。
「俺がお前を欲しいと思うのは、別問題だろ?」
「な」
 不遜に言い放った相手の顔を、ラキは信じられない思いで見つめる。
 言葉が出てこない。
 な、の形で固まってしまって、音にならない。
 なんだ、なにを。
 言ってるんだ、この男は。
 私はどうして、こんなことに。
 一体これから、どうすればいいんだ。
 レイはにかっと笑って、首を傾げた。

「二週間、楽しく過ごそうぜ。ラキ」



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