仮面の少年



 それから、数年が過ぎた。
 ラキはあの事故以来単独任務を禁止され、自警団の一団に組み込まれた。
「艦長、お呼びですか」
「うむ。ああ、いや、今は勤務外なのでダイクで結構です、お嬢」
「あ、そっか」
 ラキに取ってダイクは上官である前に、小さいころから側にいて、見守ってくれた祖父のような存在だ。ラキは言われたとおり楽な姿勢を取った。
「明日は誕生日ですな。立派になられました」
 ダイクはしみじみとラキに言った。髪は伸び、健康的な肌にすらりと伸びた足。表情は引き締まり、一人宇宙に出た頃から比べるとすっかり大人びている。ラキはあまり見つめられるのではにかんで、髪の先を指で弄る。
「ダイクに鍛えてもらったからね」
「いやいや、これなら小隊を任せられる」
「え?」
「隊長は、ゆくゆくはお嬢に後を、とお考えです。そのために必要なことを与えよとも申し使っておりましてな」
「そう……だね。精一杯、務めるよ」
 間を開けたラキの横顔を、ダイクは黙したまま見やる。
 小隊長になれば、宇宙へまた旅に出る夢が遠のく。自分の落ち度で船を壊し、危うく死ぬところだったことを、隊長――父にはきつく叱られた。新しい船を持つことなど以ての外だった。だから今日までひたすら父に従い、指示通りに働いてきた。
「父さんのようになれるかは、まだわからないけれど」
 弱音を吐けるのはダイクの前くらいなものだ。
「隊長もお嬢を誇りに思っていますよ」
 ダイクはウインクして保証した。ふと、窓が陰る。巨大な宇宙船がゆっくりと横切って行く。ラキは目を細めて船影を追った。
「……アレがなければ、明日はいい日になったんだけどな」
「ギルドめ。妙に勢力を伸ばして来たもんだ。いったい何を考えてやがるのか」
 数週間前、ここに乗り込んできた巨大な宇宙船により、コロニーの空気はピリピリしている。今、商談のためギルドの幹部がコロニーに乗り込んでいる。商談というのは建前で、ようは銀河バトスピ法にこのキャラバンも組み込もうというわけだ。父がそんな要求を受け入れるはずがない。いざとなれば武力行使で反抗するが、しかし今回は懐まで入られてしまっている。いくら隊長といえども簡単には動けない状況だった。
「銀河バトスピ法なんてくそくらえだ」
 ダイクにまったく同意見だった。もやもやは晴れないまま、ラキは部屋に戻ることにした。
 ダイクと別れ、部屋に向かう途中、ふと気が変わって展望室へ行き先を変更した。5メートルの高さまで大きく開けた窓は、アムリタ系の外を向いている。暗い宇宙に、星が瞬いていた。
 一番星号から見上げた空とは、星の位置も、数も、何もかもが違っていた。
「……レイ」
 父に禁じられ、お別れをいうこともままならなかった。あんなに世話になったのに不義理だと訴えても、父は首肯いてくれなかった。彼がカードバトラーだったのも、関係あるのだろう。
 今頃、彼はどの宇宙を飛んでいるのだろうか。

「いい夜だね」

 誰もいないと思っていた展望室に、声が響いた。幼い少年の声だ。
「……あなたは、ギルドの……」
 仮面を付けた小柄な姿が窓明かりに浮かび上がった。濃い黒の影が妙にくっきりと少年の輪郭を際立たせる。
 仮面に隠れていない口元は、薄く笑みを湛えていた。
「こんばんは。眠れないの?」
「ちょっと星を見たくなっただけ。あなたは?」
 彼は答えず、ゆっくりとラキの方へ歩いてくる。
「君のお父さんはバカだね」
「何?」
 その声にははっきりと嘲りがあった。
「ボクの欲しいものを持ってないくせに、自分の要求ばかり通そうとする。そんなの、交渉って言わないよね」
「父は君たちには屈しないよ。諦めて出て行け」
 ラキが臨戦態勢に入ったことも意に介さず、少年は歩調を変えない。
「いいよ。出て行ってあげる。こんな甘ったるい匂いに満ちたところいますぐにでも出て行きたいよ」
「なら、出口はあっちだ」
「明日、誕生日なんだってね」
 唐突に少年は話題を変える。少年はそのままラキの横を通り過ぎていく。
 すれ違いざま、囁いた声は低く、愉しげだった。
「奪ってあげる。ぜーんぶ」
「……何を」
 少年は闇へ消えた。


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