故郷は杏仁豆腐の香り!



「スパルナのあるアムリタ系の宙域に入ったぜ」
「うん。あれが私の太陽だよ」
 真珠にも似た白色に、淡い桃色や水色、若葉色が交じり合った光によって照らし出された宇宙はとろりとしていて、カラフルな惑星を抱え込んだ様はさながら杏仁豆腐のようだ。
 その中心に輝くやや小ぶりの恒星がアムリタであり、この星系の中心にある太陽だった。スパルナはこの小さいがとてもパワーのあるアムリタの光を利用している巨大スペースコロニーだった。
「スパルナの内側を回る第四惑星ヴァーハナもうちのキャラバンの所有してる星だ。住むにはあまり適さないんだけど、鉱物や燃料なんかの資源が豊富でね」
「へえ。他の星には住んでないのか?」
「もともとこの宙域は人が住める環境じゃないんだよ。アムリタの輝きが強すぎて」
「そりゃ、隠れ家にぴったりだ」
 隠れ家って、とラキはレイの表現に不服を示すが、銀河連邦から見ればその通りなのだろう、と苦笑に替えた。
「このペースでいけば明日には着けるな」
「燃料ギリギリだね。満タンにして返すよ」
「助かるぜ」
「いつまでも引き止めてたら君の仲間に悪いしね」
 軽い口調で言い、立ち上がろうとしたラキの手をレイは掴んだ。何、と動きを止めたラキをレイは見上げた。
「……いや。なんでもねえ」
 曖昧に答えてすぐに正面に視線を戻してしまったレイの様子はいつもと違っていたが、ラキも何もいうことはなかった。
 ラキはレイの手を握り返し、座席に戻った。
 そのときアラームが鳴った。
「ん、通信だ」
 レイはスクリーンに通信先の映像を写しだした。そこに映った顔を見て、ラキはちょっと笑った。
「スパルナの自衛艦だ」
『ラキ? なぜそんなところにいるんだ』
 画面に映っていたのは若い男だった。彼はスクリーン越しにラキを見つけて驚いた顔をする。
「ちょっと色々あって。このままスパルナに戻るから、入港許可が欲しい」
『この船の船長どのは?』
「俺だ。一番星のレイ。こいつをスパルナまで送ってきた」
 男はレイを注視したあと、ラキに目線を戻した。
『わかった。先に行ってお前が帰ってきたことを伝えよう。長旅ご苦労だったな、ラキ』
 最後に表情を和ませた男に、ラキは複雑な思いを抱きつつ、ただ笑うだけで返事を済ませた。


「今のは知り合いか?」
「うん。自衛艦の副長。海賊をここに近づけないように見回ってる」
「副長……ってことは、強いのか」
 なぜだかレイの視線が鋭くなる。妙なことで張り合うんだな、とラキは笑ってしまう。
「それは強いよ。並みの海賊には負けないさ」
 でもカードバトラーじゃないよ、とラキが続けると、あからさまにレイは興味を失った顔をした。
「せっかくここまで来たんだ、新しいカードバトラーと出会っていっちょバトルしたいってもんだが」
 ここじゃ流行ってねえのか、とレイは頭の後ろで手を組み、座席の背凭れに寄りかかって天上を仰いだ。
 その後護衛艦が二隻、一番星号に接近してきて、コロニーまで牽引していった。一番星号はコロニー内部に繋留され、レイとラキは船内に降りた。そこには先程画面越しに会話をした副長とその部下が待っており、副長はラキだけを連れて奥へ行ってしまった。レイがラキを呼び止める間もなく、ラキはドアの向こうに消えてしまった。
「レイ、後で」
 ドアが閉まる前に、ラキはレイを振り返ってそう言い残した。
「こちらへ」
 レイは別室に移された。椅子も何もない簡素な部屋だ。
「燃料分けてもらえるか? それから、腹減ったしピザでも頼みたいんだけど」
「隊長の歓迎の後でな」
 部下は険しい顔で断った。彼の後から入ってきたのは2メートル近くはあろうかという大男だった。
「あんたがここのボス?」
「アムリタの護衛艦艦長様に対して口の聞き方がなってねえな、坊主」
「ラキに会わせてくれ」
「わかってねえようだな。おめえに発言権はねえんだよ」
「何?」
 レイは全身を緊張させ、艦長を睨み上げる。艦長は腕を組み、そんなレイを見下ろした。
「お嬢に何しやがった! 返答によっちゃあただじゃおかねえ!」
「へっ?」
「帰還予定時期になっても戻らねえしなんの連絡もねえから心配で心配でコロニー中で捜索に行こうかと今まさしく準備に取り掛かろうとしていたところに無事帰ってきたと思ったらどこの馬の骨ともわからねえ男に捕まってるとくらぁ! ああお嬢の苦労を思うと涙が止まらん!」
「えぇ……」
 盛大に鼻水を啜る艦長のテンションに、レイは目を丸くするしかなかった。突然艦長は修羅の如く眉尻を釣り上げると、レイの襟首を掴みあげた。
「カーリーはどこへやった!」
「待ってくれよ! 俺は」
「待て、艦長」
 スピーカーから鋭い静止が入った。艦長はぴたりと動きを止める。壁の一面にスクリーンが映しだされ、壮年の男がレイを見た。
「ごめん、レイ!」
 男の後ろから、ラキが背伸びして顔を出した。
「事情は説明したから! 艦長、レイは悪くないんだ。離してやってくれ」
「失礼致しました!」
 艦長はぱっとレイから手を離すと、敬礼し不動の姿勢を取った。男は手を振り、休めと指示を出す。艦長は腕を後ろで組んだ。
「手荒い歓迎になってしまったな。娘を助けてもらい、感謝する」
「娘って、あんたがラキの親か!」
「こら坊主! 隊長と呼べ!」
「隊長?」
「俺がキャラバン・スパルナの隊長だ。この星系一帯をまとめている」
「へえ。一番えらい奴ってワケか」
「燃料と食料を補充しよう。他に必要なものがあればそこにいる艦長に言いつけてくれ。一晩の滞在を許可する」
「一晩? あ、待ってくれ!」
 通信は一方的に切れた。レイは艦長を見上げる。
「ラキに会わせてくれないか」
「……滞在は許可された。部屋に案内しよう」
「むっ……」
 先ほどの勢いはどこへいったのか、むすっとしている艦長に、取り付く島もなかった。ラキは後で、と言った。暇ができたら部屋に来てくれるだろう。レイはそう期待して艦長に従ったが、とうとうラキは見送りにも現れなかった。
「おい艦長! このまま追い出されるわけにはいかねえんだ! なんでラキに会わせてくれねえんだよ!」
「…………」
「このままお別れなんていやだ! あいつは……俺が見込んだ女なんだ。ぜってー口説き落として連れて行く!」
「貴様、黙っていれば好き放題いいやがって!」
 乱暴なことを言い出したレイに、艦長は顔を真赤にする。
「お嬢はこんなちいちゃい頃から蝶よ花よとお育てした俺たち皆の大事なかわいい娘なんだよ! それを口説き落とすだとコラ! 俺たち自衛艦隊が全力で叩き潰してくれるわ!」
「100万だろーが1000万だろーが掛かってきやがれ! 片っ端から撃ち落としてやらぁ!」
 売り言葉に買い言葉、腕まくりして額を突き合わせて怒鳴り合う。幾多の戦線をくぐり抜けてきた艦長の眼光を怯まず受け止めるどころか跳ね返して睨みつけてくるレイの迫力に、艦長はいよいよ根負けし、脱帽した。
「……どっちにしろ、俺に権限はねえよ」
「どういう意味だ?」
「隊長は厳しいお方だ。宇宙艇を壊しちまったお嬢は弁償のために昨日のうちに仕事へやられたんだよ」
「じゃあ、もうここにはいないのか!?」
「残念だがな。さあ、諦めて出てけ。隊長の目が黒ぇうちはお嬢に近づけやしねえよ。お嬢のことも、ここのことも、忘れるこったな」
「忘れるなんてできるか!」
 慰めるように艦長が肩に手を置くのを、レイは振り払った。
「俺は必ずあいつを貰い受ける! ここにいねえってんなら探すまでだ! あばよ艦長!」
「せいぜい頑張れよ坊主。100万の艦隊で迎え撃ってやる」
 艦長の言葉を背に、レイは一番星号に飛び乗った。


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