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星の欠片を積み上げて
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何やら騒がしい音が聞こえるので、レイは寝ぼけた頭で台所に入ってみた。
「あ、おはようレイ」
「おぉ……」
首筋をかき、ひとつあくびをして、レイは瞬きをする。ラキは機嫌よく食器を鳴らし、広いとはいえないキッチンの中で細々と動いてはエプロンを揺らしていた。なんだか新鮮な気がしたのはそれだけではなく、髪を上げているせいもあるようだ。レイはぼんやりした頭が徐々に覚醒するのに任せて壁にもたれかかりそんなラキの姿を心ゆくまでとっくりと眺め、まだ顔を洗っていなかったことを思い出して洗面所に引っ込んだ。
再び台所に戻ってくると、すでに食卓は整っていた。
「グッドタイミング。朝ごはんできたよ」
「おお、すっげえ。ピザじゃねえ」
「ピザの材料借りて作ってみたんだ」
どうやったらこうなるのかレイにはさっぱりわからないが、とにかくテーブルの上には瑞々しい野菜を挟んだサンドイッチとサラダにジューシーなウインナーが添えられていた。
「飲み物はコーラしかないけどね」
「スターダストコーラの入れ方もバッチリだな」
レイの分だけ山とアイスが盛られていた。それをぐっと飲み干して、さっぱりした顔をするレイ。顔を洗うよりもこっちの方が目が冴えるというものだ。
「うめぇ! いい腕してるじゃねえか、ラキ」
サンドイッチを頬張って、レイは笑顔になる。そんなレイに、ラキは苦笑を返した。
「ピザ以外でも口に合うようでなによりだよ」
そうとわかればピザでないものが食べられる。ラキはほっと一息吐いて自分の皿に手を着けた。
「これから毎食作ってもいい?」
「マジか! 嬉しいったらないぜ。あ、ただしひとつ注文」
「なに?」
レイは真剣な顔で言い放った。
「一日一食はピザにすること!」
「……了解」
やっぱり逃れられないか。ラキはがくりと肩を落とした。
組手をして休憩する時間、またはデッキの試運転をしたあとコーラ片手に一息入れる時間。ふとしたときに、二人はお互いの過去を思いつくままに話し合うようになっていた。子供のころ好きだったもの、ちょっと変わった友人についての思い出、楽しかったこと、旅の途中で見た風景。
話題がひとつ尽きると、二人の間には沈黙が落ちた。
お互いの違いについて、または、重なる部分について。
思いを馳せ、受け入れ、相手に関する情報の一つとして、しっかりとしまい込む。
沈黙のあとは、またどちらからともなく話し初め、会話はとぎれとぎれながらも終わりはせず、つらつらと数珠つなぎに繋げられ、航海の日々とともに長さを伸ばしていった。
星のつぶのごとき数珠のひとつひとつに込められた思い出が、ラキの手のひらに溢れていく。
自分のことを伝えるたびに、彼の手の中に星の粒が増えていく。同時に彼は彼自身のことをラキに教え、その手のひらに星のつぶをひとつ落としていく。お互いの手のひらにはきらきらと七色に輝く光を宿した星のかけらが増えていき、宝箱にでもしまわなければ転がり落ちて航路の溝に隠れてしまうだろう。
きらきらとした星の欠片。
夜、夕食を終え、シャワーを浴びたあと自室に戻ったラキは窓から宇宙を眺めていた。
空に描かれた星の色は一週間前とはずいぶん違っていた。ラキにとっては、もう見慣れた景色だ。
この色、この星の配置、故郷――スパルナの航行する宙域に迫っている。
まだつかない。でも、残された時間は決して多くはない。
このままでは、スパルナについたらすぐに船を降りて、はいさよならと別れる以外にない。けれどどうすればいいのか皆目検討もつかない。
ラキは窓に額をぶつける。その眼はもはや無限に広がる宇宙には向けられておらず、無明に落ち込んでいく心のうちを見つめていた。
この部屋は静かだ。レイは今頃何をしているだろう。
耳を澄ましてみたが、何も聞こえなかった。
もう眠ってしまっただろうか。
それとも、もしかしたらまだ、起きているだろうか。
いや、寝てしまっただろう。
ラキはそう考えながら立ち上がり、そっと部屋のドアを開けた。
レイの寝室の扉の前まで、足音を立てないように歩く。ノックをしようと手を挙げた。
なぜか躊躇われて、手を挙げた格好のまま小さく息を吐いた。寝てしまってるんだ。なら起こすにはしのびない。部屋に戻ろう、そう思った時、ラウンジに続くドアが開いてレイが出てきた。
「レイ。何してる?」
「それは俺の台詞だ。つーか、俺に用事だったか?」
喉が渇いたから水飲んできたんだ、とレイは詫び、ラキの脇をすり抜けて部屋のドアを開け、ラキを振り返った。
「入れよ」
ラキはレイに勧められた椅子に座ったが、なんとなく落ち着かなかった。レイはベッドサイドに腰を下ろす。スプリングが軋んだ。
「もう寝るところだったろ」
「いや、まあな。お前は? なんか俺に話でもあんのか」
「いや……もう一度、確認しておきたいと思ったんだ」
ラキはもやもやした気持ちのまま、はっきりと確認したいことを自分でも意識せず、それでも何か言わずには居られなくて、口を開いた。
「私が欲しいっていうのは、どういう意味なんだ?」
すぐに答えがあるだろう、最初のときのようにつべこべ言わずに俺のものになれ、くらい言われると思った。
しかし言葉はなかった。
ただまっすぐに、レイは燃えるような瞳でラキを見つめるばかりだった。
「レイ……」
「わからないか?」
「あの、パイロットとして」
「違えよ」
レイは立ち上がる。ラキは怒っているようにも見えるレイの顔を見上げた。
「男が女を欲しいと思う、その気持ちに理屈がいると思ってんのか?」
「理屈……? 理由じゃあ、ないのか」
ラキもつられて立ち上がった。レイが一歩迫る。思わず気圧されてラキは一歩後退る。
「理屈じゃねえんだよ」
レイはさらに一歩踏み出してくる。
「胸の奥から溶けるくらい熱いもんが噴き出してくるんだ。顔を見るたび、声を聞くたび。メラメラすんだよ、この腕で燃やし尽くしてやりてえって!」
後ろに下がろうとして、ラキの背中が壁に当たった。レイが腕を伸ばしてくる。びくりと震えたラキの肩の側を掠めて、その手のひらが壁に押し付けられる。伸ばされた腕から熱気を感じた気がして、ラキの背筋を汗が伝った。
「感じたことねえか。こんな風に燃え盛る真っ赤な気持ちをよ!」
レイは身を捩って自身の胸ぐらを左手で鷲掴む。彼自身が炎となったかのようにラキには見えた。
その炎は周囲のすべてを焼き尽くす。取り囲んで酸素を奪い、思考すらも奪ってしまう。
「レイ……っ」
息苦しさを感じてラキは喘ぐ。レイの燃え上がる瞳がすぐ目の前にある。
「俺を見て、感じないか。ヤケドしそうな熱を。俺の声に、燃え上がらねえのかお前は。ラキ」
彼の吐息すら熱を持ち、ラキの肌を舐める。炎がラキを取り囲み、逃げ道を奪い去る。
熱い炎を、燃え盛る熱をその身に宿す彼に触れればたちまち飲み込まれてしまうだろう。
その熱が、私も欲しい。
ラキは手を伸ばしてレイの頬に触れた。
レイの瞳が眼前いっぱいに広がっていた。
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