俺色に燃え上がれ!



 惑星サフサフを離れてから2日。レイとの二人旅の予定の半分が経過していた。
 レイの宇宙船はもうずっと惑星のない空間を飛び続けている。航路を見ると、次の惑星群が見えてくるまであと3日は掛かるようだった。窓から見る星々は遠く、ずっと夜が続いているかのようだ。ラキは惑星に降りても、一泊以上したことはないが、この景色を見るといつも、地面の上に寝そべって見上げた、大気越しの霞んでぼやけた星空を思い出す。そのときよりもずっと鮮明だが、包み込まれているような安心感は感じられない。
 惑星の大気と重力に守られた環境にずっといたいわけではないが、なかなかに好ましいものではあったから、ラキはそのとき全身で感じた光景を思い出しては懐かしむ。キャラバンが拠点としている小さな惑星がひとつある。ラキの故郷の星があるとしたら、船長が所有しているその星だろう。たとえ二回ほどしか訪れた記憶がないとしても、他の惑星を見て連想し、恋しく思うのはあの空だった。
 キャラバン・スバルナに戻って再び仕事に就けたなら、近いうちにあの惑星に降りれたらいい。
「ラキ?」
 ラキは扉の向こうからレイに呼ばれて、物思いから醒めた。
「暇してねえかと思ってさ。ラウンジに来いよ」
「いや、うん。大丈夫。暇はしてない」
 ラキは咄嗟にそう答えた。窓際に腰掛けてぼんやり外を見ていたわけだから、そう言われてもはいそうですかと簡単には納得できかねて、レイは突っ込んだ。
「いまさら遠慮することもねえだろ! バトスピについて教えてやるから来いよ。それがイヤなら、組手の相手してもいいぜ」
「うーん、そうだなぁ……」
 暇ではある。することもないからつらつらと、ずっと思い出すこともなかった故郷の惑星のことなどに思いを馳せていたわけであるからして。
 気乗りのしない様子のラキを、レイは短気に急かす。
「んなとこで日がな一日ぼさっとしてたら尻が床にくっついちまうぞ! もっと動け」
「ええっ、あ、くっつくわけないだろ!」
 思わず立ち上がってしまってから、ラキは赤くなって反論した。レイはからからと笑い、待ってるぞ、とラウンジに向かってしまった。
 立ち上がった手前、もう一度座り込む気にもなれなかった。……くっつかないよね、となんとなく自分のおしりを撫でてみる。ラキは重い心を引きずって、レイの後を追うことにした。
 レイはすでにカードを広げていた。ラキを呼びに来る前からデッキの調整でもしていたのだろう。
「ほら、お前の分」
「わっ」
 ぽい、と放り投げられたデッキケースを咄嗟にキャッチする。
「私はバトルは」
「しないんだろ。わーってるわーってる。けど一人で調整するってのも味気なくてよ。俺が言うとおりにカード並べてくれりゃいい。試し運転ってヤツだ。それくらいなら付き合ってくれてもいいだろ?」
 コアの入った容器をじゃらりと鳴らして、レイは片目を瞑ってみせる。ここまで言われて、なかなかイヤだと突っぱねるのも難しい。
「それくらいなら。お世話になってる身だしね」
「そうこなくっちゃな! じゃ、まず手札を引いてくれ」
 ラキはレイの言われたとおりに場にカードを並べ、コアを置いていく。青いコアはきらきらとして小さなクリスタルそのものだ。
「ふぅん、ここでこういう効果が使えるし、このカードはこっちに変えた方がいいか……」
 レイは場を見ながら時折カードを入れ替えては、効果の検証を重ねる。表情は真剣そのもので、半ばラキの存在さえ気にならなくなっているのではないかと思えるほどだった。
 でもその方がやりやすい、とラキはなんだか安心している自分に気づく。
 あの眼。
 ギラギラした熱い瞳。
 あの視線でまっすぐに至近距離から見つめられると、もう頭が真っ白になってどうしていいのかわからなくなるのだ。
 初めて会った時には、彼の眼に宿る力がこんなにも強力で激しいものだなんて気が付かなかった。
 あまりに強い眼力は、まるで巨大な惑星に不用意に接近してしまったときのようだ。重力に捕まって、操縦が効かなくなり、うまく脱出できなければ惑星に吸い込まれ墜落してしまう。
 今ラキは、巨大惑星に囚われてしまった小さな宇宙船の立場と左程変わらないもののように思われた。
 うまく操縦を取り戻し、最大出力で脱出を図らなければ、どうなるかわからない。
 ただ脱出するにしても、闇雲にエンジンを蒸せばいいというものではない。ぴったりのタイミングを見計らって操縦桿を倒さなければ、一度チャンスを逃せば墜落あるのみだ。
「ラキ、そのカードこっち」
「ここ?」
「おう。うーん……。よし。これでいけるな」
 落とし所が見えてきたらしい、レイは笑みを浮かべた。
「調整できた?」
「おかげでな。最強デッキがまたひとつできたぜ」
 ああ試してえ、とレイはぐっと拳を握る。メラメラと滾るオーラが見える気がするくらいだ。
「キリガと合流できたら真っ先にバトルすっか」
「それは見たかったな」
「見ていけばいいじゃねえか」
 レイがキリガと合流するのはラキがスバルナに帰ってからのことだろう。だから見られないと端から諦めていたラキに、レイは不思議そうな顔をする。
「歓迎するぜ。それとも、キャラバンはバトル観戦すら禁じてんのか?」
 皮肉っぽくそう訊ねるレイに、ラキも含み笑って答えた。
「キャラバンは自由な商隊。そうだね、父さんに許してもらえたら、行くよ」
「親父の許可がいるのかよ」
「違う違う。宇宙船を……カーリーを壊しちゃった方」
 そういうと、レイはああ、と申し訳無さそうに眉を下げた。
「やっぱり……すごーく、怒られるか?」
「うん。そりゃもう。想像したくないくらいに」
「そうか……」
 今まで怒られたことのないレベルだろう。申開きをするシーンを思い浮かべるだけで怖気が走る。
 がばっとレイが頭を下げた。
「俺のせいですまん! 俺も一緒に謝る!」
「い、いいんだよ、気にしなくて! あれは事故だって航行記録見せれば納得してくれると思うから」
 たくさん怒られるだろうが、最終的には理解してくれる。父はそういう人だ。……それまで、たくさん怒られるだろうが。
「でも……レイが一緒に居てくれたら、心強いかな」
「ラキ……」
 一人で延々と叱られるのはやっぱり辛い。レイは任せとけ、と胸を叩いた。
「お前の親御さんなんだ。きちんと挨拶しとかねーとな」
「そんなに気を張ることないよ。誠意があれば父さんも門前払いしないし」
「門前払いだと……! 下手なことして印象悪くすんのもアレだしな……。シミュレーションしとくか……。おいラキ、お前の親父さんってどういう人だ?」
「どうって言われてもな。やっぱりキャラバンを背負う一族の長だから厳しいよ。でも理不尽なことは言わない。いつも最良の決断をする」
「へえ」
 宇宙では一瞬の判断が命取りになる。
 失敗は許されない。
 一族すべての生命を預かり、常に彼らを守るために一番良い道を選ぶことができなければ、キャラバンの長になることはできない。
「一番を常に選ぶ、か」
 レイに父親のことを話しているうちに、キャラバン全体の話に移っていった。ラキが宇宙船スバルナでどのように過ごしてきたか、スバルナはどんな環境なのか、レイに訊ねられるまま、もしくはラキがレイに知ってほしいと思ったことを、つらつらと語り続けた。
「単独で商品を輸送するのが私の仕事なんだ。小さいころは先輩について運搬について学んで、二年前から先輩の仕事を引き継いでやってる」
「宇宙一速い運び屋。それがお前なんだな」
「この前までは、ね」
 ラキは茶化して、肩を竦めてみせる。
「私はもう一度、自分の宇宙船を手に入れる。そうしたら、今度こそ勝たせてもらうよ。そして、私が宇宙一だって証明する」
 レイもニヤリと笑ってみせた。
「いいぜ。挑戦ならいつだって受けて立つ。そう簡単に一番の座を譲ってやるつもりはないぜ」
 ただし今度は、小惑星群のない安全地帯でやろう。
 そうレイが締めくくり、二人は声を上げて笑った。

「……っと、結構いい時間まで話し込んじまったな。そろそろ寝るか」
 ラキはぐっと伸びをするレイを見て、立ち上がるのを渋った。
 この旅が終わるまでの時間はそう長くはない。
 でもまだ、もう少し猶予はあるはず。
 そう思い直して、ラキも立ち上がった。
「色々話せてなんだかスッキリしたよ。今夜は気持ちよく眠れそうだ」
「一人が寂しかったら、俺の寝室に来てもいいんだぜ」
「お気遣いありがとう」
 冗談を返す余裕ができて、ラキは軽い笑い声を立てる。レイに手を振って寝室に入ると、すぐに眠気が襲ってきた。

 一方爽やかに去って行ったラキを見送り、ラウンジに一人残ったレイは、なんともモヤモヤした気分である。
「さらっと流しやがってよぉ……。人の思いをなんだと思ってやがる」
 レイとしてはぐいぐいアピールしているつもりなのだが、どうにも彼女の反応は鈍い。まるでレイの求めるものを理解してくれていないとしか思えない。
 あれでは恋を知らない子供の無邪気さだ。
「つまり俺が一番初めの男……ってわけか」
 鼻を擦り、レイは一人ほくそ笑む。
 知らないなら教えてやればいい。
「最高じゃねえか」
 無垢なその心に、滾る熱い思いを飛び火させ、燃え上がらせてやる。


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