失った過去

「目が覚めた時、俺はこのデッキを手にしていた。それ以前のことはなんにも覚えてねえんだ」
「……初めて聞いたわ。そんな話」
 リリーがぽつりとつぶやくと、レイは目を丸くした。
「あれ? そうだったか?」
「そうよ。でも……考えてみれば、私達過去の話をしたことはなかったわね、お互い」
「言われてみれば。じゃあ、今しようぜ! んー、相棒やソルトと出会ったときのことは話したよな、たしか」
「ええ。聞いたわ。じゃあ、私の話をするわね。聞いてくれる?」
「ああ、聞かせてくれ!」
 リリーはレイと出会う前、一人で旅をしていたことを話した。そして旅に出た理由も。
「はっきりと目指すものがあったわけじゃないわ。ただ、宇宙船とデッキを人から貰い受けて、じゃあ旅にでようって思ったの。究極のバトスピの話は聞いていたから、それを手に入れるのを最終目的にした」
「そうだったのか」
「レイは、どうして究極のバトスピを探しているの?」
「もちろん、銀河一になるためさ!」
「一番星のレイ、あなたらしい答えだわ」
 迷わず即答したレイに、リリーは優しい微笑みを浮かべる。
 けれど、記憶を失っているということは、過去を持たないということだ。それは不便ではないのだろうか。自分自身のことがわからない状態なんて、リリーには想像も付かない。
「レイ、いつか思い出せるといいわね」
「まあ、別にどっちでもいいんだけどな。俺は。リリー、お前が隣にいてくれるならさ」
「そういってくれるのは嬉しいけど、あまり現実的ではないわね」
「そうか?」
 レイがとても嬉しそうに笑うので、リリーが不安に思っていてもしょうがない、と苦笑するしかなかった。

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