日々是研鑽



「あーあ、僕の負けだ」
 晶は手札を机に伏せて、対戦相手を讃えた。
「やっぱり強いね、風音ちゃんは」
「えへへっ」
 ぶいっ、とピースをして、得意げな彼女を、彼女のバディ、ブレイドウイング・フェニックスが窘める。
「ブレイですよ、風音。対戦相手に対してそのような態度を取るのは」
「そんなことしてないよ! 晶との対戦はいつも楽しいからさ。ねね、もう一戦やろ!」
「よーし、リベンジ……といきたいところだけど、もう休み時間終わっちゃうよ」
「あちゃー、ほんとだ。じゃ、また放課後ね!」
 風音はカードを片付け、自分のクラスに帰っていく。
 彼女とは三年生のとき同じクラスになった。五年生になった今は別れてしまったが、今でもこうして互いのクラスを行き来してはファイトをしている。風音は大会に出ないけれど、強い。大会に出ても成績を残せずにいる晶からすれば羨ましいやらもったいないやらだが、本人にその気がないならしょうがない。
 私は楽しくファイトできればいいんだ、と彼女は笑う。
 その笑顔がお日様みたいに眩しくて、晶は好きだった。

「今日はキャッスル寄ろうよ!」
 放課後一戦交えたあと、晶は風音と並んで学校を出た。相棒学園から一番近いところにあるカードショップキャッスルでは、ショップ大会が開催されていた。
「晶、出るの?」
「商品のPRカード、欲しいからね」
「ふうん」
 晶はマジックワールドでデッキを組んでいる。今回の賞品には晶が欲しかったマジックワールドのカードが含まれていた。
「でも、上位六人にしかもらえないから、無理かな」
 すでにエントリーを終えて、ステージの側で待機している参加者たちの顔を眺め、彼らがランキング上位者ばかりだと知ると、晶は尻込みしてしまった。
「大丈夫だよ! 晶ならできるって」
 その背中を、風音がどんと力強く叩く。晶は意外と痛かったのを堪えつつ、やるだけやってみようとエントリーするために店長の元へ向かった。
「店長さん、僕も大会に参加します」
「やあ、晶くん! オーケー。ここに名前を書いてくれ」
「店長さん、私も!」
「おや、君は?」
 晶の隣に居た風音が、元気よく手を上げて参加者名簿に名前を記入した。
「風音ちゃん? 君も出るの?」
「うん。なんか、今日はいっぱいファイトしたい気分だから!」
 珍しい、と晶は風音の顔をしげしげと眺めた。
「でも、大会は興味ないんじゃなかったの?」
 フリーファイトをしたいなら、ここにはたくさん相手がいる。晶が大会に出ているときは、風音は応援してくれるか、フリースペースでファイトをしているかだったのに。
「勝ち負けとか、賞品とかは興味ないけどさ。強い人がいっぱい出るんでしょ?」
「うん。皆ランキング上位だよ」
 風音は晶が差した方に集まっている参加者たちの顔を眺めた。きっと彼女は誰が何位なのかも知らないだろう。ファイターの実力を数値化したランキングにも興味を持っていないから。
「うん、燃えてきた!」
 急に闘志を燃やし始めた風音に、どういう風の吹き回しだろう、と晶は首を傾げる。
「楽しもうね、晶」
「うん、まあまあ、頑張ろうね」
 風音のやる気に当てられたのだろうか、今日の晶は順調だった。
 一回戦、二回戦と危なげなく勝ち上がり、いよいよ賞品圏内まで辿り着いた。今までで一番いい順位だ。
「いっけー! 晶!」
 ちょうど自分の対戦を終えた風音がステージの側に来て、誰よりも大きな声で声援を送ってくれた。気恥ずかしさを感じつつ、頼もしくもあり、晶は風音に手を振り返した。これに勝てば、カードが手に入る。もしかしたら、それよりもっと、上に行けるかもしれない。手札を握る手に、いつも以上に力が入った。
 対戦相手はドラゴンワールドの使い手だった。確か学年ランキングでは六位に入る実力者だ。晶より一学年上の六年生である。晶がこれまで戦ってきた中で、上級生に勝てたことは数えるほどしかない。
 晶はステージの横に目を向けた。風音はまだそこにいて、晶を見上げていた。目が合う。風音は笑顔を浮かべ、頷いてみせた。それを見て、晶の緊張がほぐれる。相手が上級生でも関係ない。いつも通りファイトをするだけだ。大丈夫、晶は風音に頷き返す。風音はふっと力を抜いて、ふわっと笑った。なんだかとても可愛い笑顔だった。

 ファイトが終わり、晶は項垂れてステージから降りた。
 途中まではなかなかいい調子だったのだが、向こうの猛攻に対処しきれず、負けてしまった。
「いいファイトだったよ、晶!」
 ばしん、と肩が叩かれる。風音だった。
「負けちゃったけど、今までで一番いい結果は残せたよ」
 賞品には届かなかったが、七位なら上々だ。手応えも感じている。これなら、もっとファイトを重ねれば次の大会こそは。そう思えた。風音もどこか清々しい晶の表情を見て、嬉しそうにする。
「じゃ、今度は私の番! 応援よろしくねっ」
「うん。頑張って!」
 風音は晶と入れ替わるようにステージに上がった。晶はファイトをしているときの風音を見ているのが一番好きだった。誰よりもファイトを楽しんでいるその姿は、負け続きで成績を残せないでいたときの晶を、どれほど励ましてくれたことだろう。彼女がいたから、晶はファイトを続けてこれた。そう思っている。
 彼女は強い。だからこそ、心の底からファイトを楽しめるのだろう。
 僕はまだまだだ、と晶は自身を省みる。
 いつか彼女に届くだろうか。
 あんなに高みにいるけれど、諦めないで追い続ければ、いつか。
 彼女と同じステージに立てるだろうか。

「晶ー! 私やったよー!」
 じゃーん、と参加賞と優勝商品を両手に掲げ、意気揚々と風音はステージから降りてきた。ぴょんぴょんと跳ねるので、フードの中に入っていたブレイドがぽよんぽよんと跳ねる。
「か、風音、落ち着きなさい! 落ちてしまいますっ、うわっ!」
「ほら、危ないよ」
 ぽろっとフードから零れそうになったブレイドを捕まえ、晶は風音を諌める。えへへ、と風音は舌を出した。
「まったく、いくら嬉しいからと言って、はしゃぎすぎてはいけませんよ! あなたはレディなのですから」
「はーいはい。ねえ、晶! 大会も結構楽しいね!」
 口うるさい相棒の説教を聞き流して、風音は晶にそんな風に言った。晶はちょっと瞬きして、笑みを返した。
「だろ?」
「うん。参加してよかった! 晶のお陰だよ」
「僕の?」
 意外なことを言われて、晶はきょとんとする。うん、と風音は大きく頷いた。
「大会ってさ、皆なんか勝つことにギラギラしててさ、ちょっと苦手だなーって思ってたんだ。でも晶はさ、すごく強い相手がいるってわかってても参加するでしょ? それ見て、ちょっとかっこいいなーって思ってさ!」
「えっ?」
「か、風音!?」
 少し頬を染めて照れる風音に、ブレイドが大慌てで晶の手から飛び出し、風音の前でバタバタと飛ぶ。晶は風音以上に赤くなってしまって、何も言えなかった。
 風音は目の前をバサバサする相棒を捕まえて自分のフードに押し込み、だからね、と両拳を握る。
「私もかっこつけてみたくなったんだ!」
「あ、そ、そっか」
 晶は風音のきらきらした瞳を見て我に返る。その瞳は晶個人には向けられておらず、大会参加者そのものへの憧れだった。もちろん、自分自身をかっこいいという意味で言われたわけではなかったのがちょっとだけ残念だったが、とにかく、晶の行動が彼女に影響を与えたのなら、すごいことだった。
「風音ちゃん、すごくかっこよかったよ。だっていきなり優勝しちゃうんだから」
「うん、まさか優勝できるとは思わなかった」
 えへへ、と風音は照れる。敵わないな、と改めて晶は思った。
「というわけで、これは大会デビューさせてくれたお礼!」
 そう言って風音が差し出したのは、参加賞だ。
「いいの?」
「私、ダンジョン以外は組まないしね。晶が使ってくれたら嬉しいよ!」
「風音がこういっているのです、受け取りなさい」
 ブレイドにも偉そうに言われてしまったので断るわけにもいかず、晶は風音から参加賞を受け取った。参加賞は六種類あり、パックの中にランダムに一枚入っている。つまりこれが晶の欲しいカードだとは限らない。
「……あ」
「ドラゴンワールド……」
 パックを開け、二人は出てきたカードを見て沈黙し、なんとなく顔を見合わせ、笑うしかなかった。
「おい、お前」
 そのとき声を掛けてきたのは、晶が最後に戦った上級生だ。彼は自分が持っていた参加賞のカードを見せてきた。
「マジックワールド使うんだろ? 俺のとトレードしてくれよ」
「いいんですか?」
 彼が持っていたのはまさしく晶が欲しいと思っていたカードだった。
「ありがとうございます!」
「こっちこそ。なあ、またファイトしようぜ。お前と戦うの、色々勉強になったし」
「はい!」
 思わぬ誘いももらい、晶は胸を震わせながら元気よく返事をした。
 喜びでいっぱいの表情のまま風音を見れば、彼女も顔を輝かせていた。
「やっぱいいね、大会!」
「だね!」
「また一緒に参加しよう!」
「うん。今度は負けないよ」
「あ、言ったね! 楽しみにしてるよ!」
 二人は居てもたってもいられない様子で、軽やかな足取りでショップを出て行く。
 ブレイドは相棒とその親友のやりとりにすっかり満足する。
「切するが如く磋するが如く。互いに磨き合い高め合う、友情とは良きものです」
 うんうん、とフードの中で何度も何度も頷いた。





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