そんな夢を見た



 ピピピピ……

 目覚まし時計の音が夢の中に響いてくる。
 もう起きなければいけない時間だ。
 いい夢見てたのに。

「……お姉ちゃん」

 わかりました、起きます、起きます。
 今起きます。

「おはよう、朝だよ」
「うー……。おはよう……」

 もそもそと布団から起き上がって目覚ましを止めようと思ったら、すでに止まっていた。タスクくんが止めてくれたらしい。

「ありがとう、タスクく……え!?」
「顔洗ってきなよ。朝ごはん、できてるよ」
「ハイ」

 ぐっと悲鳴を飲み込んで、下で待ってると部屋から出ていくタスクくんを見送って、ドアが閉まるのを確認して、掛布団を抱きしめた。
 なぜ。

 なぜタスクくんが私の部屋にいるのっ……!!!





「はい、ホットミルク」
「ありがとう……」

 洗面所からリビングへ行くと、やっぱりタスクくんがにこにこしながら座ってた。湯気の立つカップを受け取って、冷ましながら口をつける。寝癖がついてないか気になって、しきりに髪を撫でつける。制服の襟や裾が折れていないか、何回も確認した。
 タスクくんの隣の席に、私の朝食が用意されてる。タスクくんは私を待っててくれたみたい。私が席に着くと、いただきます、ときちんと手を合わせてから食べ始めた。
 私もまねをして手を合わせ、トーストをかじる。
 口の中がぱさぱさしてうまく飲み込めない。ミルクで流し込んだ。お母さんは二人分のサラダを置くとエプロンを外し、化粧をしに台所へ行ってしまった。
 その背中に話しかけたかったけど、リビングにタスクくん一人だけ残すのはなんだかだめな気がして立ち上がれない。

 ねえお母さん。
 どうしてタスクくんがうちで朝食を食べてるんですか。

「ごちそうさま」

 私が半分も食べ終わらないうちに、タスクくんは食器を片づけてしまった。

「お姉ちゃんも急がないと遅刻しちゃうよ」
「ごふっ!」

 何気なく掛けられた言葉に動揺して、かりかりに焼かれたベーコンを変なふうに飲み込んでしまい、咽る。大丈夫? とタスクくんは私にお水をくれる。それを飲んで落ち着こうと頑張ったけれど、難しかった。

 今、お姉ちゃんって言った?
 お姉ちゃん?
 いや確かにタスクくんより年上だけど。
 なんでお姉ちゃん?

「ごめんね、僕がせかしちゃったから」

 タスクくんはせき込み続ける私の背中を摩りながら、申し訳なさそうに眉を下げた。
 私は違うよ、と言いたかったけれど無理で、精一杯首を振る。

「由香里、まだ食べ終わってないの?」

 そのとききれいに化粧を終えたお母さんが戻ってきて、私の皿を見て呆れる。時計を見たら、遅刻ぎりぎりだった。まずい。走らないと間に合わないかも。

「大丈夫だよ。僕が送っていくから」
「それはいいけど、あんまりお姉ちゃんを甘やかしちゃだめよ、タスク」
「甘やかしてなんてないけどなぁ」
「げほごほっ」

 お、お母さんまで何を言い出すの!?
 タスクって呼び捨てするなんて、本当のお母さんみたいじゃない。
 いったい、何がどうなってるの?





「はい、着いたよ」

 校舎前の通学路に、タスクくんはゆっくりと私を下した。
 彼のバディスキルで空を飛んできたから、遅刻どころか普段より早いくらいの時間に着いてしまった。

「あっ、龍炎寺タスクだ!」
「きゃータスクくーん!」

 通学中の生徒たちがタスクくんに気づいて歓声を上げる。タスクくんは愛想よく手を振り返して、私に言った。

「それじゃ、行くね」
「うん、えーと……。とりあえず送ってくれてありがとう」
「ふふ、僕としては毎日送ってもいいんだけど」
「えっ!?」

 じゃあいってきます、とタスクくんはさわやかな笑顔を残して、空へ飛び上がっていった。いつの間にかたくさん集まってきた人たちと一緒に、タスクくんを見送る。
 ほんとに、どうしちゃったんだろう、タスクくん。
 お姉ちゃん。
 お姉ちゃん、か……。
 なんか、これ。

「いいかも……!」





「ただいまー!」
「お帰り、お姉ちゃん」

 さきにタスクくんが帰ってきていた。わざわざ玄関まで出迎えてくれて、私のカバンを持ってくれた。いいっていうのに、僕が持ちたいから、なんて言われたら喜んでお願いするしかない。

「ねえ、忙しい?」
「え? ううん」

 制服を着替えてリビングに行くと、タスクくんが遠慮がちに訊ねてきた。私がジュースを持ってタスクくんの前に座ると、嬉しそうに笑って、机の上に広げたノートを見せた。

「社会の宿題で、少しわからないところがあるんだ。聞いてもいい?」
「どれどれ」

 私はタスクくんと一緒に問題に取り組む。こういうとき、年上でよかったって思う。頭の良さは絶対タスクくんの方が上だけど、数年の経験値の分だけでも、少しは役に立てるから。
 でも、同い年だったら、私がタスクくんにわからないところを教えてもらう、なんてこともできたのかな。
 近い目線から、物事を見ることができたのかな。

「そうか。それでいいんだ。ありがとうお姉ちゃん」
「いえいえ。ふふ、タスクくんはえらいなぁ。うちに帰ってさっそく宿題やってるんだもん。他の子はサッカーやったりファイトやったりしてるよ、きっと」
「お姉ちゃんが帰ってくるまでに終わらせたかったから」

 タスクくんはそう言いながらノートを片づける。

「はい、宿題終わり。さあ、ファイトしよう!」

 私たちはお母さんが帰ってきて、夕飯ができるまでリビングでバディファイトをした。
 結果は私の全敗。
 タスクくんはアドバイスをしてくれたり、カードの効果について丁寧に教えてくれたけど、手を抜くことだけは絶対しない。
 私の実力じゃどう頑張ってもタスクくんを追い詰めることすらできなかったけど、すごく楽しかったから勝敗なんてどうでもよかった。
 なにより、タスクくんが、たくさん笑ってくれていたから。



 夜、ベッドに入って寝ようとしていると、ドアがノックされた。

「入ってもいい?」
「どうぞ」

 タスクくんはドアを開けたけれど、そこでためらう。私が入りなよ、と促すと、静かにドアを閉めてベッドサイドまで来て、ぽすんと腰かけた。

「ごめん。寝るところだったよね?」
「ううん。なぁに?」
「一緒に寝たいなって。ダメ?」
「いっ、いい、いいよ!」

 ちょっと小首をかしげて、遠慮がちに、でも期待で輝いた瞳で見上げられて、ダメなんて断れるお姉ちゃんがいるだろうかいやいない!
 だってほら、それだけのことでこんなに嬉しそうに笑ってくれる。
 私は電気を消して、ベッドで待っているタスクくんの隣へ入り、横になった。するとタスクくんは私の方へすり寄ってきた。ふわふわの青い髪が私の顔をくすぐる。

「枕、持ってこなかったの?」

 タスクくんの頭がベッドに直接置かれてることが気になって聞いてみると、タスクくんはうん、と含みを持たせて頷く。
 私の枕使う? と聞くと首を振った。

「腕枕、してほしいな」
「え、でも私の腕じゃ硬いと思うよ」

 真面目に答えたら笑われてしまった。そして、いいよ、と言われてしまった。
 いいの、かな。

「タスクくんがいいなら、いいけど……」

 私が腕を伸ばそうとすると、するりとタスクくんがそこに頭を乗せた。
 顔が近くなる。
 私と目を合わせて、タスクくんは幼く笑った。

「ねえ、タスクくん」
「なに?」
「髪、触ってもいい?」
「撫でてくれないの?」
「いいの?」
「いいよっていうか……、撫でてほしいな」

 タスクくんって、こんなにおねだり上手なんだ。
 甘え上手というか。
 枕していない方の手を伸ばして、ふわふわの髪にそっと触れてみる。
 タスクくんは肩をちょっと竦めてくすくす笑う。
 しばらくそうしていると、タスクくんは目を閉じた。

「ずっと、こうしていたいな」

 目を閉じたまま、タスクくんは囁く。

「朝、目を開けても、こうしてあなたがそばにいてくれたら」

 もしもそんな朝が迎えられたら。
 それはほんとうに幸せなことだね。

 私はタスクくんを抱き寄せる。
 タスクくんは私の胸元に頬を押し付けて、腰の辺りに手を回し、しっかりと引き寄せた。
 タスクくんの体は暖かくて、小さくて。
 切なさにきゅっと胸が締め付けられた。




 目覚まし時計の音で目が覚めた。
 ぱっちりと目を開けて、机の上の目覚ましを止める。
 おはようを言う相手はいない。お母さんは夜勤で、帰ってくるのはお昼だ。

 わかってた。
 夢だって。

 でも。
 この腕に残る重みは。
 かすかに痺れているのは気のせい?
 あの暖かさは本物じゃない?

 カーテンが揺れる。
 ひんやりした風が入ってきたので、わずかに開いていた窓を閉めた。
 青い空を見上げる。
 そこを横切る人影がいないか、はかない期待を抱いて。

 幸せな夢だった。
 ずっと覚めずにいられたらどんなによかったろう。
 そう思うけれど、同時にほっとする。
 タスクくんが弟じゃなくてよかった。
 彼を想う恋心が、今の私にとってはかけがえのないものだから――

 私はカーテンを閉めて、一日の準備を始めた。



 一応レピスの番外編、みたいなつもりで書き始めましたが、まあなんでもいいです。
 添い寝シチュが想像以上にこっぱずかしくてちょっとまだ早かったかな! と悶えつつでも書く。
 こんな弟がいたら絶対甘やかしますかまいすぎて「うざい」って冷たい目で見られるのもたまらないですね。

|