徳用抱きまくら


「ねーえちゃん!」

 明るい日差しが遮られ、空から声が降ってくる。
 まどろみに浮かぶか細い糸はふるふると揺れてぷつんと切れた。
 うっすらと目を開けると、逆さまの青と赤。
 寝起きの寝ぼけ眼には眩しくて、手を翳して目を細めた。
 牙王は私と目が合うと、にかっと笑って上半身を起こした。

「こんなところでひなたぼっこか? びっくりしたぜ」
「気持よく寝てたところを起こしてそれ? 何よ、牙王。中等部の校舎まで来るなんてさ」

 思いっきり不機嫌な声を出して非難してやると、牙王はそれがさぁ、と頭を掻く。

「ドラムが見当たらなくってよ。探してんだ」
「また喧嘩?」

 このバディはよく喧嘩してる。信頼関係第一のコンビが、そんなことでよく保つなぁと不思議に思う。
 喧嘩するほど仲が良い、なんて言葉もあるけどさ。
 違う違う、と牙王は腕を組んで首を振った。

「あいつが勝手にすねてんだ!」

 なんで俺が探さなきゃならねんだだいたいあいつが、と長々喧嘩の理由もといドラムがすねた理由を丁寧に説明してくれるけれど、興味もなく、ひたすら眠気に襲われている私の耳に右から入って左へするすると抜けていくから全然理解できなかった。する気もなかった。
 眠すぎて欠伸が出る。さすがに油断しすぎ、だけど牙王の前だし、別にいいか。
 そんな私の態度などどちらでもいいんだろう、牙王はひと通り鬱憤を吐き出すとまあいいや、とそこに座り込んだ。

「どうせ夜になれば夕飯食べに帰ってくるんだし、いちいち探すのもめんどくせぇ」
「わーひどい」
「いーんだよ、たまには。いつものことだ。それより、寝てるとこ邪魔して悪かったな、ねーちゃん」
「ほんとだよ。ここにはドラムいないよ。初等部戻ったら?」

 私が追い払おうとするのとは反対に、牙王はふかふかの芝生に両足を投げ出してばたりと倒れこみ、ぐーっと伸びをした。

「俺もひなたぼっこ! ここすげー気持ちいいな。ねーちゃんいい場所知ってんじゃねえか」
「あーあ、内緒にしてたのになぁ。バレちゃった」
「そうだったのか? わりぃ」

 牙王はすぐに謝る。私も牙王の横に寝っ転がって、牙王の顔を覗き込んだ。

「別に、いいよ」
「お気に入りの場所なんだろ? やっぱ俺」

 別の場所に行くよ、と起き上がろうとした牙王の服の裾を引っ張った。牙王は引っ張られるままに、また芝生に倒れこむ。帽子が彼の頭から落ちてひっくり返った。

「いいよ」

 横に並んだ牙王のまんまるに開かれた瞳をじっと見つめる。きれいな目。どこか獣じみてて、どこまでも透き通っていて、なんだか底知れない。

「牙王だから、特別ね」
「俺だから? 特別?」

 不思議そうな顔をして私の言葉を繰り返す牙王。全然理解できないって表情で、それはないでしょとムカっと来る。

「なぜなら!」
「わっ?」

 なので、お仕置き。
 ぎゅっと強く抱きしめてやった。

「あんたは私の抱きまくらだから」
「ね、ねえちゃん……」

 ほっぺをくっつけると、牙王は焦って視線を彷徨わせ、抜けだそうともがくこともできず、ひたすら弱り切っていた。

「ん、いい抱き心地」
「なんだそりゃ。あ、あんまりくっつくなよな、ねーちゃん」
「抱きまくらがどうして喋るのかな」
「むぐ」

 掌で口を覆ってやると、牙王は苦しそうに顔を真赤にする。ぱっと話してけらけら笑ってやった。牙王は大きく息を吸って、呆れ返ったように吐く。

「この方がぐっすり寝られるの。いいでしょ?」

 別に可愛くはないけれど、こんな風に強請ってみれば、牙王はいつだってしょうがねえなぁ、と太くてきりっとした眉をへたりと下げ、譲歩してくれる。

「邪魔しちまったし、今だけは……我慢してやるよ」
「わー、牙王ちゃん優しい。だから好き」
「はいはい。でもねーちゃんだけってのはずるいよな」
「ん?」

 牙王は例の、全てを強引に白にする、無敵の技を発動する。つまり、むちゃくちゃ明るいスカッとした笑顔を、私に向けた。

「俺も、ねーちゃん抱きまくらにする!」
「はぁっ?」

 へっへー、なんて可愛く笑いながら、牙王は私の身体にぎゅーっと抱きついてくる。これじゃ、落ち着いて寝られやしない。

「ちょ、ダメだってそれ。離れて離れて」
「いいじゃん、どうせくっついてるんだし」
「くるしいー」
「俺はあったかい!」
「いや、あったかいけどさぁ。これじゃ意味なくない?」
「そうか? ちょうどいいと思うぜ。利害の一致ってヤツだ」

 そうなのか?
 なんだか損をしている気がする。私が一方的に牙王を抱きまくらにするはずだったのに。

「抱きついてくる抱きまくらってどうなの?」
「んー? お得だな!」
「さっきからなんなの、その発想は」
「だから、ねーちゃんばっかりずるいって話だよ」
「何もずるくないわよ。そもそも、牙王が私のお気に入りの場所を盗ろうとするから」
「ねーちゃんがいいって言ったんだろ!」
「条件付きでよ」
「だからこうして大人しく抱きまくらになってるんだ」
「抱きまくらは大人しく抱かれてるものなの。抱きついたり口答えはしないの」
「そんなにいやか?」

 威勢よく言い返してきた牙王はちょっとだけ傷ついた顔をする。く、甘えてきたか。こういう顔されると弱い。私だって、わがままを押し通せるほど身勝手じゃない。

「俺がねーちゃんにくっつくの。ダメか?」
「……だから、そんな話してないし」

 牙王の顔がまともに見れない。
 頭を抱え込んで、顎で押さえつけた。牙王は私の胸元で、ちょっと苦しそうに身動ぎしたけど、ますます密着してきた。

「いーやもう、寝よ寝よ」
「おう。寝よ寝よ」

 試合放棄。私達は見解の一致を経て、同時に目を閉じた。
 心地良い風が吹く。ここは校内で一番ひなたぼっこにうってつけの場所。
 今まで誰にも教えず、一人で堪能したけれど。
 明日からは、抱きまくらのお陰で、もっと快適に過ごせそう。

「ねーちゃん」
「返事はない。寝ているようだ」
「返事してるじゃねーか……」

 面倒くさいから目を閉じたまま答える。牙王はやや間を開けて、なんだか楽しそうに言った。

「俺もねーちゃん、大好きだぜ」
「……はいはい」

 まったく、そこでそういう口説き文句ぶっ込んでくるんだから。
 なんて最高の抱きまくらなんでしょうかね、この子は。





牙王くんとごろごろするだけ。
牙王くんにすっっごく癒やされたい。添い寝シチュ好きです。いつか全キャラ書く。
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