触れたい指先・その後1 [ 8/37 ]
城の図書館から帰る途中のことだった。
ルナが誰かと、カフェにいるのを目撃したのは。
テラスで、向かい合って座っている男の顔は見えない。
かわりに、こちら向きに座っているルナの楽しそうな笑顔はよく見えた。
さっきまで、子供たちに勉強を教えて、充実した満足感に浸っていた僕の心は、ずんと重い石になって沈んだ。
うわ。
いやなもの見ちゃった……。
今朝、ルナは張り切って城に向かった。何しに行ったのか、クォークには用件と帰る時間を告げていたけど、僕はわざわざ聞かなかった。
城にいるなら、どうせ顔を合わせるだろうと思ったから。
ルナも、あれで魔法使いの端くれだし、子供たちに一緒に会いに行ったこともあるから、図書館にはよく顔を出す。
でも、今日は現れなかった。
そりゃ、そもそも城にいないんだ。会う道理がない。
ないんだけど。
子供たちと笑い合う間もずっと、梯子から顔を覗かせて、『やっぱりここにいた』、という声がいつまで経っても聞こえないことに、物足りなさを感じていた。
ついには、子供たちにもそれが伝わってしまったようで。
『お兄ちゃん、誰か待ってるの?』
と聞かれてしまった。そうじゃないよ、と笑って誤魔化す。
『ねぇ、ルナちゃん、今日は来ないの?』
ルナの名前を出されて、心臓が跳ね上がった。なんとか動揺を抑えつつ、笑顔を作る。たぶん、バレなかったはずだ。
『城に来てはいるみたいなんだけどね』
実際は、男と一緒に呑気にお茶を飲んでいた。
あ、だめだ。なんかイラッとする。
とっくにカフェを離れて、もう酒場につくのに。あのだらしない笑顔が蘇ってくる。
別に、ルナが誰とデートしてようが僕には微塵も関係ないことだけどさ。
なんかむかつく。
「あら、お帰りなさい。ユーリス」
食堂にはマナミアしかいなかった。クォークは城、ジャッカルとセイレンは闘技場からまだ帰って来ないらしい。
「ルナさんはまだですの?」
「知らないよ」
思わず声が荒くなる。これじゃ八つ当たりだと気付いて、付け足した。
「誰かと、カフェで話し込んでたみたいだったから、まだ帰って来ないんじゃない?」
「そうなんですの?ルナ、タシャさんと仲良くなれましたかしら」
「タシャ?」
誰だっけ。聞き覚えのある名前だ。
ああ、そうか。あの白い騎士。
グルグ基地を攻めるとき(偵察だけのはずだったのに)にトリスタ将軍と一緒に現れた。
「トリスタ将軍がおっしゃっていましたわ。彼も、女性の扱い方を学ばなければならないって。それも一人前の騎士には必要なことなんだそうですわ」
「だったら、ジャッカルは素質充分だね……」
ていうか、そんなの別の人で学べばいいのに。どうしてわざわざルナなんだ?
「騎士様なら、貴族の方がお似合いだろうに」
「トリスタ将軍はそんなことお気になさらない方ですわ。ですから、お弟子さんのタシャさんも同じなのでしょう」
「え?ああ」
今口に出しちゃった?
よくないな……。ちょっと、これ以上話してると、何を言うか自信ない。
「それに今日のことは、ルナが前から約束を取り付けていたそうですから」
「約束? ルナから?」
問い返すと、マナミアははっとして口を押さえた。
「違いますの、そういうことでは」
「なんでもいいけどさ。あの二人いつから知り合いなの?」
「グルグ族の襲撃のときからだそうですわ。それから、今日までは全然会っていなかったそうですから、安心なさってくださいね」
マナミアは取り繕おうとしたけど、たいした慰めにはならなかった。
グルグが城に襲撃してきたとき、僕は二階に、ルナは三階にいた。すぐに合流しようにも、階段を崩れた天井に阻まれてしまって、できなかった。
その後、ルナは騎士と一緒にいたのか。
もし、ルナが僕たちみたいにグルグに捕まらなかったのが騎士と一緒にいたからなら、その点については感謝しないといけないけど。
……なんか、面白くない。
「ふふっ」
「何」
唐突にマナミアが微笑んだ。この人といると、本当調子狂うな……。
「ルナは、騎士になりたいんですって」
「何、急に」
他人行儀な言い方だ。それは、僕たち傭兵団全員の目標なのに。
ああ、でも、マナミアはそんな気ないのか。大地が荒廃する理由を知りたい一心で、ここまで来たんだから。
他人事、なのか。
「今日はその方法を訊ねに行ったんですわ」
「……だから?」
「ですから、心配ありません」
そう断言して、マナミアは微笑んだ。いや、そんな自信満々な笑顔向けられても……。
何が心配いらないんだ?
騎士について、真面目な話をしてたなら。
どうして、あんなに嬉しそうに笑う必要がある?
……あ、だめだ。
あの笑顔思い出したらドロドロしたものが喉元までせり上がってくる。
「僕、部屋に戻る」
「ただいまっ!」
ばん、と開け放たれた扉。
なんて、バッドタイミング。
「ユーリス帰ってたんだね。お帰り!」
「帰って早々うるさすぎ。扉は静かに開閉してよ」
「マナミアもただいま!」
「お帰りなさい、ルナ」
「聞いてないし」
もう、行動のいちいちが気に障る。
「ご機嫌ですわね、ルナ」
「うん!」
「楽しかった?」
「すっごく!」
全身で喜びを表現しながら、元気にルナは頷いた。
ルナが元気であればあるほど、僕の気持ちは萎えた。
「マナミアもユーリスも聞いて。あのね」
「鬱陶しいな。僕に話しかけないで」
それ以上ルナの嬉しそうな姿を見ていられなくて、僕は部屋に戻った。
翌日は、皆で揃って仕事に行った。といっても、騎士見習いのエルザはいない。
騎士か。
ちらりとルナに目を走らせる。向こうがこちらに気付いたので、何くわぬ顔をして正面に目を戻した。
「畑のカボチャを狙って魔物が現れるそうだ。今回はそいつらを倒すのが仕事だ」
現場について、クォークが説明したけど、つまりは楽で、あまり実りのない仕事だってことだ。どうも気乗りがしない。
「近くの森を、三班に別れて探すことにする。一班はセイレンとジャッカル、二班はユーリスとマナミア。ルナは俺と来い」
「はーい」
ルナが暢気に返事をする。マナミアは何か言いたそうに僕とルナを見比べた。
「私、クォークさんと参りますわ」
何かと思えば、マナミアはぱっと手を挙げた。
「だが、ユーリスは」
「じゃあ、私二班に回るよ」
すかさずルナが名乗り出る。打ち合わせでもしたかのような流れだ。
クォークは駄目だ、と言うかと思ったのに、僕と、すでに僕のそばに来ていたルナを見比べて、仕方ない、と許可した。
「クォーク、ちょっと甘くない?」
「文句があるのか?ユーリス」
つい皮肉が口を付いたけど反対するに足る理由は見つからなくて、僕は結局口を噤んだ。
「ルナを頼んだぞ、ユーリス。道すがら、魔法の上手い使い方でも教えてやってくれ」
「はいはい」
火事起こさないように注意してやらないと。
僕たちは班に別れて森へ入っていった。
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