触れたい指先 [ 7/37 ]
「タシャさん、闘技場には入ったことありますか?」
「いや、私は……」
私の何気ない質問に、タシャさんは少し言い淀んだ。
今日は、タシャさんがお休みの日。あの襲撃の日に交わした約束をタシャさんはちゃんと覚えてくれていた。
グルグが城を襲ってから慌ただしくて、なかなか時間が取れなくてずいぶん遅くなってしまった。けれどエルザたちがグルグの本拠地を叩いて、騎士たちがそれを制圧したため、ルリ島はつかの間の平穏に浸っている。
エルザに将軍を通してタシャさんの都合のいい日を聞いてもらって、こうして再会することができたのだった。
「やっぱり忙しいですよね。私も、仲間には誘われましたがまだ入ったことないんです」
「そうですか」
タシャさんは言葉少なだけど、私の話をちゃんと聞いてくれる。
今日はトリスタ将軍に休みをもらったから、白い鎧は付けていない。
でも、背筋を伸ばして、きびきびとした動作はいつもと変わらず、凛々しい。
「勝ち進んだら、賞金がもらえるんです。仕事を受けるよりはちょっとマシかな」
報酬に比べたら安いけど。仕事を受ければ、やりたくないこともやらないといけないし、命を落とす確率は高くなる。
「セイレンはジャッカルと一緒に入り浸ってるみたいです」
「セイレン……と言うと」
タシャさんはわずかに眉を寄せた。そういえば、セイレンにタシャさんと出かけるって言ったらすごく嫌そうな顔してたな。城の警護をしたときに、なにかあったみたい。
「あの、ちょっと血の気の多いところもありますけど、情に厚いいいお姉さんなんですよ!」
「いえ、私の方こそ傭兵風情などと、十把一絡げに言ってしまいました。深く反省していると、お伝え下さい」
「そんな。気にしないで下さい。傭兵には違いありませんから」
「ルナ殿……」
きっとセイレンが何か挑発するようなことを言っちゃったんだろう。城の中にいるの、あまり心地よくはなかったみたいだし。
傭兵が疎まれるのは、悔しいけど、仕方ない部分もある。
お金さえもらえれば、なんでもするから。
クォークは、なるべくいい仕事を見つけてきてくれるけど。
「ですが……、失礼かもしれませんが、貴殿の傭兵団は、少々他とは違うように思います」
「そうですか?」「年少の魔法使いや、マナミア殿など……それに」
タシャさんは私を見て、口を閉じた。真面目な人だな。
すごく、色々気遣いながら、言葉を選んでくれているのがわかる。
「私も、ユーリスも、マナミアも。普通なら、傭兵には入れてもらえないように見えますよね」
傭兵団は、たいてい屈強な成人男性がなるものだ。女や子供や、弱い者は足手まといにしかならない。
「特に私は、強い魔法もないし、回復もできない。そんな私を、クォークは拾ってくれた」
どうしようもなくなっていた私を、ここまで引っ張り上げてくれた。
仲間たちは、私を受け入れてくれた。
「だから、他とは違うかもしれませんね」
「……そうですか」
タシャさんは微笑んだ。今まで見た中で一番柔らかい笑み。
「タシャさんは、トリスタ将軍のお弟子さんなんですよね」
「はい」
トリスタ将軍の名を聞くと、タシャさんの表情がすっと引き締まった。
「あの方に出会って、私は初めて本物の騎士というものを知りました」
タシャさんはまっすぐな視線を彼方に向ける。
「あの方が私の目標です。まだ未熟だと、怒られてばかりですが」
少し自嘲するような笑みを浮かべるタシャさんだけど、私から見れば、もう立派な騎士なのにな。
「……本物の騎士って、なんでしょうか」
「それは……まだ、私は語る言葉を持っていません」
そう言って口を閉ざすタシャさんは謙虚で、思慮深い人なんだと思う。
「私、クォークと出会ってから、騎士になりたいって思うようになったんです」
ルリの街を歩きながら、私はゆっくりと語る。
「でも、私、騎士ってよくわかっていませんでした。だから、漠然となれたらいいって思うだけで」
何より、クォークが望んでいることだから。叶えたいという思い、それだけだった。
皆を騎士にして、今よりいい暮らしをさせてやりたい。クォークはそう言って、大変な努力を重ねてくれてる。
「私にとって、本物の騎士はタシャさんだったんです」
え、とわずかに口を開けて、タシャさんは私を見た。
「城の襲撃のとき、タシャさんの強さを見て、これが騎士なんだって」
「ですが、そのときはトリスタ将軍も」
「そうなんですけど」
タシャさんは不服そうに、トリスタ将軍の名誉を重んじた。
上手く伝えられるかな。
「トリスタ将軍にも、もちろん圧倒されたんですけど、なんて言うのかな。これが騎士なんだなって、すんなり思えたのはタシャさんなんです」
一生懸命言葉を探していると、タシャさんは困惑気味ながら、じっと話を聞いてくれた。
「だから、タシャさんに、騎士のこともっと聞きたいと思って」
「では、今日のお誘いはそれで……?」
「はい!」
私は力を込めて頷いた。
タシャさんは納得したような、何か納得しかねるような、微妙な表情で頷いた。
何かを噛み締めるようにして背けた顔は、少し赤い?
「いえ、そういうことでしたら……、私にできることであれば、力になりましょう」
「ありがとうございます!」
やった!
よろしくお願いしますと続けようとした私は、突風に煽られた砂が口に入って咳き込んだ。
「っと、大事ありませんか」
「けほっ。はい……」
口の中がちょっとざらざらするけど。
この街は構造的に、海から風が吹くとこんな風に、瞬間的に強風になるみたいで。
「あ、葉っぱ」
「は?」
ふと見ると、タシャさんの髪に葉っぱがくっついていた。タシャさんのきょとんとした表情と相まって、なんだか面白い。
「今とりますから、動かないでくださいね」
私が手を伸ばすとびくりと肩を揺らしたけど、じっとしていてくれた。
「……あ」
指が、葉っぱを絡めた白い髪に埋まる。ふわふわで、柔らかい。
なんだか、猫を撫でてるような……。
「あの、ルナ殿……」
「はい、取れました」
私は摘んだ葉っぱをぱっとタシャさんの目の前に突き出した。
危ない危ない。
手触りがよくて、つい撫でちゃうところだった。
「ルナ殿」
「はい?」
怒られるのかと思ったら、タシャさんはカフェを指差した。
髪を触りたいって思ったことがばれたわけじゃないみたい……良かった。
ああ、でも、ふわふわ跳ねる髪から目が離せない……。
「立ち話もなんです。よろしければ、あちらに場所を移しませんか」
「あ、いいですね! 喉渇いちゃいました」
まだ口の中がざらついてる気がするし、冷たいものでも飲もう。
それから時間の許す限り、タシャさんの話を聞こう。
また、あの髪に葉っぱがつかないかなぁ、なんて邪な考えは、その日タシャさんと別れるまで、私の頭の片隅から消えてはくれなかった。
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