人喰い館の顛末 [ 6/37 ]

「皆、お帰り!」

 酒場の扉から、エルザたちが入って来るやいなや、私は立ち上がって出迎えた。
 エルザたちが今日向かったのは、とある貴族の館だ。
「物を取り返してくるだけだから、俺たちだけでいいよ」と言ったエルザの言葉に納得して、私とマナミア、セイレンは宿で待っていたんだけど。それにしては深夜になっても帰って来なくて、待ちくたびれたセイレンが、「また牢屋に逆戻りしてんじゃねーの」なんて縁起でもないことを言い出すから、私はずっとはらはらしてたんだ。
 さらには、その館について、酒場の娘、アリエルが教えてくれた噂が、不安に拍車をかけた。
 曰わく、人喰いの館だとか……。

 私は帰ってきたエルザ、クォーク、ジャッカル、ユーリスの体をつぶさに眺めた。

「おやおや? 身体検査? なんなら触って確かめる?」
「ちゃんと足あるよね……」

 影もある。よかった。
 私はほっと胸を撫で下ろす。

「あるに決まってるだろっ!」

 ユーリスがちょっと怒りながら保証してくれた。

「心配かけたな」

 クォークの手が頭を撫でる。この大きな手。本物のクォークだ。

「そうですわ。もう夜が明けてますのよ」
「もしかして、起きて待っててくれたりしたのかな?」

 ジャッカルが嬉しそうにマナミアに近づき、セイレンの顔を覗き込む。

「んなわけねぇだろ! あたしはルナに付き合っただけだし」
「二人とも、結局徹夜したんですのね」

 マナミアはおっとりと、血色のいい白い頬に手を添えて私とセイレンを見比べ、ほうと息を吐いた。マナミアは「きっと大丈夫ですわ」って言って、あんまり心配してなかったもんね。

「最初の話では、そんなにかからないはずだったんだけどね……」

 エルザは疲れた笑顔を見せた。

「本当に大丈夫だった? 人喰いの館……なんでしょ?」
「行く前にその噂を聞いていれば、幾分か心構えができたんだがな」

 クォークは苦笑して首をかいた。
 じゃあ……。噂は、本当だったんだ。

「大変だったね」
「別に。ちょっとてこずったけど、問題ないよ」

 ユーリスがしかめっ面でそう言った。その後ろで、ジャッカルがにやりと口を歪ませる。

「とか言ってー、むちゃくちゃびびってたのは誰だったかな〜」
「びびってない!」

 疲れ切った様子だったユーリスけど、このときばかりはかなり強い調子で反論した。

「……ユーリスがあんなに焦るのって、意外だったよね」

 ぼそっと、エルザが呟く。思わず言いたくなるくらいの焦りようだったのかな?
 今のユーリスも、かなり狼狽してるけど。

「あんな敵初めてだったから! みんなも苦戦してただろ!!」
「まあ、もうやりたくない相手だよな」
「どんな敵だったの?」
「オバケだ」
「吸血鬼! 吸血鬼だろ!!」

 ジャッカルの間違いを、ユーリスはやけに強く訂正した。

「吸血鬼!? よく倒せたね」

 そんなの、物語でしか聞いたことないけど。
 本当にいたんだ。

「まあね」

 ユーリスは自分を抑えるように呼吸を整えた。
 ふと、黙り込んでいたエルザがぼんやりと言った。

「そういえば、あの子誰だったんだろ」
「あの子って誰? 可愛い子?」

 すかさず食いついたジャッカルだったけど、エルザの次の言葉を聞いて、あからさまに興味を失った。

「いや、男の子だよ。銀の矢をくれた」
「そんな子供、いなかったぞ」
「…………」

 あれ。クォークが否定したら、皆黙り込んじゃった。エルザは確かに子供を見たみたいだけど、他の皆は見てないんだ。
 重い空気を吹き飛ばそうとしたのはユーリスだった。

「や、やめてよね! ルナが怖がってるじゃないか!」
「どんな子だったの?」

 私は興味津々にエルザに訊ねる。エルザはしばらく考えて、首を捻った。

「うーん、よく思い出せないな……」
「もう吸血鬼は倒したんだし! 終わり! この話は終わり!」

 イライラとしながら、ユーリスが強引に話を打ち切った。

「そうだな。あんな悲劇はもう二度と起こらないだろう」
「とりあえず、みんな無事で良かった」
「うんうん。ルナちゃんは行かなくて正解だったよ。本当大変だったんだから。鏡から出てきたオバケに連れ去られたりね……」

 苦労話を始めたジャッカルに、階段を上がりかけていたユーリスの足がびくっとして止まった。

「気がついたら棺桶の中でさ。もう死んだと思ったよ。ご丁寧に墓まであるし」
「わー! やめろ!」

 突然ユーリスが耳を押さえて叫んだ。
 そ、そんなに辛い戦いだったのかな……。
 すごく、聞きたいんだけど。

「ジャッカル……ほどほどにな」

 ユーリスとは対照的に楽しそうなジャッカルに、クォークが仕方なく釘を差した。
 ジャッカルは悪びれなく謝る。

「いや、悪い悪い」
「もう……! ルナ、行くよ!」
「え? どこに?」
「明るいとこ!」

 なんだかよくわからないけど、私はユーリスに腕を掴まれて噴水広場に連れて行かれた。掴んでいる手は、小刻みに震えていたけど。
 私は何も言わないことにした。
 あと、ちょっと乱暴な仕草が嬉しく感じられた、なんてことも。
 内緒。

「ユーリス」
「なにっ!?」
「眠くないの?」
「全然!」

 ユーリスはギンギンした目を前に向けたまま言い放った。
 興奮しすぎて、眠気がふっとんでるみたいだな。
 うーん。
 どんな戦いだったんだろう。今度クォークに改めて聞いてみよう。
 ユーリスのいないところで。


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