白光の騎士 [ 5/37 ]「大きいなぁ」
アルガナン家のお城は、帝国内でも立派な方に分類されるらしい。豪華で、美しくて、内装の精緻さに圧倒された。
「呆けてるなよ、ルナ」
「呆けてないよ!」
クォークはふっと笑って取り合ってくれない。
もう、ちゃんと警戒は怠ってないのに。
今日は、アルガナン家の令嬢、カナン姫の婚約披露宴が開かれる。警護に人手が足りなくて、私たちが雇われた。
そんなことでもなくちゃ、傭兵が城の敷地に入れる機会なんてない。
騎士になれれば、別だけど。
城のあちこちに、全身を鎧で包んだ騎士たちがいた。騎士を身近に見る機会も、あんまりない。騎士になりたいって今までずっと思ってたけど、その実騎士がどんなものなのかは、ほとんど知らなかった。
きびきびと歩く動作や、微動だにしない直立の姿勢は、さすが騎士って感じ。
あの剣、やたら華美だけど、使えるのかな。
警備も、形式だけって感じで、あんまり緊張感はない。
しばらく事件らしい事件がなかったそうだから、平和に慣れてるのかも。
戦わずに済むのなら……その方がいい。
私はまだ新参だからよく知らないけれど、クォークはこれまでに、たくさんの仲間を失ったって聞いた。
だから、クォークは誰よりも、騎士にならないといけないって、強く考えてるんだ。
「ルナ、また気が散ってるぞ」
「そんなことないよ。でもね。もし何か起こるとしたら……何が来るのかな?」
こんなに、平和に見えるのに。
わかってる。
どんなに長く続いて、堅実に見えた平和だって、一瞬でつき崩れるもの。
それは私だってわかってる。
でも、じゃあ、この城の平和を脅かすものはなんだろう。
「……そうだな」
クォークは少し考えてから答えてくれた。
「あるいは、グルグ族の襲来も、ありえないとは言えないぞ」
ここは要だからな、とクォークは言った。
「でも、もうずいぶん戦ってないんでしょ?」
「それくらいの心構えでいろと言うことだ」
クォークの言葉にはいつも含蓄があって、私はクォークからたくさんのことを教えてもらった。
今回も、気を引き締めろっていうことなんだと思う。賑わってる街の様子を見て、どこか油断が生まれていた私の心の隙をちゃんと見抜いてるんだ。
「わかった。そうするね」
「よし。じゃあ俺は大広間に戻るぞ。何かあったら、打ち合わせ通りにな」
「うん」
クォークは念を押して、階段を下りて行った。
私は一人、扉の前に残る。
ここは、一番外敵の侵入が考えにくいところ。近くには騎士がたくさんいるし、廊下の向こうにはジャッカルがいて、階段を下りればユーリスがいる。
でも、一人で立ってるのは少し不安だった。
白い磨き上げられた床と壁に囲まれてるのが居心地悪いのもある。ここでは、あんまり魔法撃てないよね……。ユーリスの炎ほどじゃないけど、私の炎も敷かれた赤い絨毯を燃やすには十分だし。
格闘は得意じゃないしな。
そのとき、階段から上がって来た人に目を奪われた。真っ先に惹かれたのは、眩いと錯覚しそうなその、白さ。
実際、シャンデリアの灯りを反射して輝いていたかもしれない。
ふわふわとした白い髪に、全身を包む白い鎧。
そして強い意志を湛えた瞳。
階段を登っている間も、隙なく機敏な動作で、冬の清廉な空気のように張り詰めていた。
一瞬、その人がこちらを見た。目を逸らすのが遅れて、私は少し気まずく頭を下げた。
「怠らず、警戒を続けてくれたまえ」
白い人の一歩前を歩いていた男の人が、泰然とした態度で私に片手を上げた。
騎士の偉い人みたいだ。
「はい」
威張り散らしてるわけではないのに、私の体は知らず緊張した。
城全体を揺るがす爆音がしたのはその瞬間だった。
「む、襲撃か!」
「空からです!」
階段の手前の天井が爆発し、大きな瓦礫が崩れてきた。
「まさか、本当にグルグ族!?」
クォークに言われていたからまだ落ち着いていられたけど、やっぱり驚いた。
空からの襲撃なんて!
「そのようだな。貴殿、傭兵の一人ですな?」
「はい。仲間が廊下の向こうに」
でも、その廊下へ続く道は瓦礫で寸断されている。ぽっかりと空いた天井の穴から、その瓦礫の上へ武装したグルグ族が降りてきた。
「来たか!」
白い人が真っ先に剣を抜いた。私も詠唱を開始する。
もうこれだけ壊れたんだから、遠慮はなし!
グルグたちの頭の上に、盛大に炎をお見舞いした。二人とも鬼みたいに強くて、降りてきたグルグはすぐに片付いたけれど、あちこちで新たな悲鳴や爆発音がしている。
「大広間に向かうぞ」
「私も行きます! 仲間もそこに合流するから」
「では援護は頼んだぞ。私はトリスタだ」
「あなたがトリスタ将軍……」
クォークから名前は聞いていたけど。そっか。この人が……。
「タシャだ」
白い人が続けて名乗った。
私も名前を告げる。
「前から来たぞ!」
その最中にも、私たちは先へ進み、グルグ族と戦った。
「ト、トリスタ将軍っ!」
規律正しく立っていた騎士たちは、持ち場を放り出しててんでばらばらに逃げていた。
将軍を見つけると、剣を構えるのもそこそこに、駆け寄ってくる。やっぱり、実践に慣れていないんだ。
「お前たちは右に! 左もがら空きだぞ!」
トリスタ将軍とタシャさんが声を張り上げ指示を出すと、騎士たちは言われた通り動いたけれど、グルグ族の迫力に押され気味だ。
「はぁっ!」
右側を崩そうとしたグルグにフレアをぶつける。
よし、当たったと思ったのもつかの間、背後に殺気を感じた。
私の視覚から接近していたグルグに、異臭のする吐息が近づいて初めて気がついた。地面に降りた隙を完全に突かれた。
黒い武骨な剣が振り上げられるのがはっきり見えた。
避けられない……!
剣の軌道と私の間に、素早く白い影が飛び込む。
タシャさんは重い斬撃を受け止めると、自分より大きな体のグルグを弾き飛ばした。
「下がれ!」
私は位置取りを間違えたことに気づく。乱戦に飲まれて、冷静に辺りを見ていなかった。
「前衛は魔法使いを守れ! 道を切り開くのだ!」
「はっ!!」
トリスタ将軍の号令に答えた騎士の声からは、少し緊張と恐怖が消え、力強さを取り戻そうとしていた。
今度は、左右に広がった陣形は崩されなかった。私は取りこぼされたグルグを打ち払うため、詠唱を開始した。
「あとは任せる。私たちは降りるぞ」
トリスタ将軍はグルグの囲みの一角を突破すると、タシャさんを引き連れて階段を駆け下りた。
騎士の方がグルグを押し始めている。私もタシャさんの後を追いかけた。
トリスタ将軍とタシャさんは、帝国からルリ島へ来たそうだ。帝国では毎日のように戦いが起こり、争いは絶えない。
二人がここの騎士と違うのは明らかだ。
帝国の騎士は皆こうなの?
彼らは急襲にも動じないでとても冷静だ。トリスタ将軍の威厳ある声は、混乱した戦場に秩序をもたらし、一瞬で支配した。
傭兵とは違う強さだ。タシャさんも。
凛としていて、無駄のない太刀捌きは美しい、って形容したくなるほど。
騎士たちを導き、力を与え、怯まず、敵に向かっていく。
クォークが目指しているのは、彼らのような騎士なのかも。
誇り高きつわもの。
何より、私が傭兵だと、見下さなかった。見捨てなかった。タシャさんは確かに、私を庇ってくれた。
今まで、漠然と抱いていた騎士への憧れが、初めて形を作りだそうとし始めた。
「タシャさん!」
私は昂揚しながら、声を掛けた。タシャさんは私を振り返る。
「グルグを一匹残らず城から追い出したら、お話したいことがあるんです!」
「は?」
タシャさんは面食らったように、ちょっと上擦った声を上げた。なんて暢気な、と怒られるかもしれないけれど。
と思ったら、トリスタ将軍は笑った。
「ははは! もちろんだとも! そのときはいくらでも貸し出そう!」
「し、将軍! 今は……!」
「うむ、今は伯爵方を見つけ出すのが先決だ!」
将軍は至って真面目に頷いた。なんだか、すごく豪快な人だな……。
この湧き上がる希望を形作るために。
騎士のこと、タシャさんのこと、もっと知りたい。
だから今は、集中しよう。
不躾な襲撃者たちを、一刻も早く叩き出す!
「行くぞ、タシャ、ルナ殿!」
「はい!」
私は力一杯返事をして、淡い夢を垣間見た。
二人と本当の意味で肩を並べて戦えるそのときを。[*prev] top [next#]