生きて [ 35/37 ]



 素早く怪物に取り付き、その身体をよじ登ってクォークのいる中央部に辿り着いた。一拍遅れて、エルザが隣に顔を出す。
 そのとき、崩れた身体を震わせて怪物が咆哮を上げた。広間全体がびりびりと震える。

「いけません、やつが動き出します!」
「早いとこケリつけねえと、どっちみち手遅れになるぜ!」

 マナミアとセイレンの声が遠くで聞こえた。
 カナンとユーリスが詠唱に入ってる。

「クォーク! お願い、もうやめて! こんなことしたって、あなたが望んだ願いは叶わないよ!」
「クォーク、今ならお前の気持ちがわかる。何年一緒に生きてきたと思ってるんだ。でも、だからこそ……こんな終わりは嫌だ!」
「異邦の力に負けないで。諦めないで!」

 クォークの身体は異邦のものの身体に取り込まれ、顔と胸辺りまでしか見えない。手を伸ばし、白い頬に触れる。硬く目を閉じていて、返事をしてくれそうにない。でも、聞こえているはずだ。まだその鼓動は止まっていないのだから。

「一緒にいるって約束したんだから。クォークがそこから出ないなら……私がいくよ」
「ま、待ってくれ、ルナ!」

 エルザが焦ったのは、私の身体に異邦のものがまとわりつくのを見たからだ。私は異邦のものが更なる生命力を求めて私に絡み付こうとしているのを感じた。

「クォーク」

 これで、もっとクォークに近づける。
 異邦のものが私の足の先まで飲み込もうとした、そのときだ。
 白い光が異邦のものの中に溢れた。その光は、私とエルザ、そしてクォークを包み込む。

「カナンだ!」

 カナンの魔法が、私達を守ってくれる。異邦の力が白い光に阻まれて、私の身体から、そしてクォークの身体から少しずつ剥がれていく。

「クォーク、目を覚ませ!」

 エルザに宿った青い異邦の力が、輝きを放った。白い光の中に、青い鎖が流れ込む。青い鎖はクォークの身体へ飛び込み、外へと流動する赤い鎖とは反対に、その内側へと溶け込んでいった。
 固唾を飲んで見守っていると、青白かったクォークの肌に、赤みが戻り始めた。

「クォーク、頑張って。異邦のものを抑えこむの!」

 クォークの手を握りしめて、精一杯の励ましを送る。クォークの身体から、よりたくさんの赤い鎖が飛び出した。鎖は膨らみ、白い光にぶつかる。

「今諦めたら、ルナまで飲み込まれるぞ。クォーク、それでもいいのか!?」

 エルザは青い鎖をクォークに送り込みながら、額に汗を浮かべる。クォークの中で、赤い鎖と青い鎖が鬩ぎ合う。
 ぴく、とクォークの指が痙攣した。
 それから、ゆっくりと力が込められる。私の手を、握り返そうとするかのように。

「クォーク……! もう少しだよ。頑張って……!」

 異邦のものが大きく動いた。異物である私達を追い出そうと、藻掻いているのかもしれない。障壁の力が弱まる。

「まさか、カナン……!」

 エルザの集中が乱れた。白い光が完全に消える。

「エルザ!」

 エルザが放り出され、青い鎖がぶっつりと千切れた。私とクォークは異邦のものにたちまち取り込まれ、何も見えなくなる。
 全身を異邦のものに飲み込まれてしまって、身動きすらできない。クォークの手を握りしめて、ようやく彼が側にいることを感じる。しばらくして、自分のもの以外の呼吸が聞こえてくることに気がついた。クォークの吐息。
 それから、ゆっくりだけど、途切れない、鼓動の音。

「……ルナ」

 クォークが目を開く気配がした。
 私の手を握り返してくれる感触が、今度ははっきりとわかる。
 目が覚めたんだ。クォーク。
 そう思うと、身体の力が抜けた。
 違う、安心したせいじゃない。異邦のものだ。異邦のものが、私の命を吸い取ってる……。

「ルナっ?」

 力の緩んだ私の手を、クォークがしっかりと掴んだ。どうしよう、せっかくクォークが目覚めてくれたのに。なんだか意識が遠のいていく。

「クォーク……」

 生きて。
 そうして、ずっと私と一緒にいて。
 この願いだけでも伝えたい。
 ああでも、もう。
 あなたの鼓動の音しか、聞こえないよ。


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