異邦の者 [ 33/37 ]
クォークは僕達のことなんて、なんとも思ってないみたいに振る舞った。
悪役に徹するため? それともそれが本心だったのか?
本当に?
そんなの信じられない。
信じたくない。
事ここに及んでも、できることなら信じたいのに。
クォークの冷酷な言葉が僕達を拒絶する。
そして何より困ったことに、彼のすぐそばに、ルナがいた。
「ルナ! 無事か!」
僕は声の限りに叫ぶ。ルナは気軽に手なんか振り返してきやがった。なんて奴だ。突然手を振りほどいて暗闇の中を走って行くから、どこに消えてしまったのかと、僕がどれほど心配したか。
クォークはルナに危害を加えてはいないらしい。僕の知ってるクォークなら、もちろんそうだろう。でも、今僕達の目の前に立ちはだかっているこの男は、本当にクォークなんだろうか?
今まで僕達がクォークだと思っていた男は本当は存在しなくて、こうして僕達に対して剣を向けている、この男こそが、本物のクォークなんじゃないだろうか?
……そう思い込めたら、これ以上簡単なことはないんだけどね。
ザングルグみたいに、ただ憎しみを持って立ち向かえるなら、これほどやりやすい相手はない。
悪いやつに異邦のものを使わせはしないと、正義感、なんて言ったらこっ恥ずかしいけど、まっすぐで迷いようのない、まじりっけなしの正しい思いだけで立ち向かえたなら。
僕でさえそうなのに、この中で一番あいつと付き合いの長いエルザは、怒りに任せてクォークと剣を交えている。どんな思いを抱えて、どうするつもりで、いるんだろうか。
二人の戦いに、僕たちは手を出しあぐねている。下手に手を出せば、どちらも傷つけかねなかった。広場の向こう側で戦いを見守っているルナの様子を伺う。体中力を込めて、張り詰めた表情で二人を凝視していた。時折ぴくりと手を動かして、ダガーに手を掛けて、結局抜かずに手を離す。僕達と同じだ。
どうにかしたいけど、何もできない。もどかしさ。
いますぐ飛び込んで行きたい。でも、タイミングがつかめない。
力は拮抗していた。剣では決着が付かない。二人共、人を超えた力を持っているんだ。
先に動いたのはクォークだった。
異邦のものの力をさらに体内に取り込む。赤い光がクォークの身体を飲み込んだ。気味の悪い空気が充満し、ぞわりとする。
光が消えると、クォークが立っていたはずの場所には、似ても似つかない化物が出現していた。
「これで面白くなってきたぞ」
信じられない。人って、ここまでの力を得られるものなのか。
小さな悲鳴があがった。ルナが口を抑えて立ちすくんでいた。
「だめ!」
化物がルナの方へ顔を向ける。不味い。
攻撃する気か。
「やめて、クォーク! 人じゃなくなっちゃう!」
全力でルナに駆け寄り、クォークの側へ行こうとするのを慌てて抑えた。
「バカ! 近づいたらどうなるかわからないぞ!」
「クォーク! お願い、クォークを止めなくちゃ!」
「だから皆、そうしてる!」
青ざめて狼狽えているルナを叱咤し、化物と化したクォークを見据える。こんな姿になってまで、一体何をしようというんだ。ルナが怯えてるじゃないか。
悲しんでるじゃないか……!
剣も魔法も歯が立たない。このままじゃ、全滅だ。
止めるなんて甘っちょろいことを言っていたら、こっちがやられてしまう。どうすればいい。
「クォーク……!」
「泣いてる場合かよ! っ、身構えろ!」
ルナはすっかり取り乱して、クォークが強力な魔法を放っても身を庇うことすら忘れていた。僕達の身体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「く……、ルナまで巻き込むなんて……クォークは、もう」
ルナを抱き起こしながら、なんとか立ち上がる。
クォークはもはや吠える獣と化していた。言葉として意味をなさない。
「エルザ、ルナ、腹……くくれよ」
もう戻れないところまで来てしまったんだ。
僕達も、クォークも。
だったら、終わらせるしかない。
「っ、ユーリス」
僕が眼帯を外すのを見て、ルナが息を飲む。
「バリアを破壊するだけだ。魔法も剣も効かないなら、強力なのを叩き込んでやるしかないだろ」
「でも、それは」
ルナが僕の眼帯を持つ手に触れて、止める素振りを見せる。やっと僕の方を向いた。なんだよ、ずっと無視してたくせに。
そう思ったら、笑みが零れた。
「心配してくれるの? 嬉しいな」
「えっ……?」
ルナが怯んだ隙に、詠唱を開始する。
もうコントロールは完璧だ。湧き上がる強大な力を、そしてこの右目に埋め込んだ魔法石、太陽の石を、僕はもう、完全に支配下に置いていた。
「これでもくらいやがれ!」
ビッグバンの炎は広間全体を包む程に燃え広がった。
最大級の炎魔法だ。さすがの異邦の力も、バリアを保ち続けることはできなかった。無防備になったその身体に、エルザとセイレンがすかさず剣を打ち込む。
化物は膝を折り、硬い装甲をぼろぼろと崩れさせた。
これで有利になる、そう思ったとき、エルザとセイレンの身体が吹き飛ばされた。
「ふっ、笑わせるな。無駄なあがきを……。我が肉体を何度破壊しようと無意味なことだ」
化物は、クォークとはまるで違う口調で僕達を嘲る。
みるみるその身体が再生し、さらに姿を変えて、巨大になってしまった。
「我が肉体は媒介である人間の生命が尽きぬ限り、何度でも蘇る」
これじゃ、攻撃は無意味だと言われたも同然だ。むしろパワーアップしてるのか。
ルナが真っ青になって息を飲む。
「そうだ。貴様らの仲間であった男の命が尽きぬ限り我が身は永久に不滅だ」
もうそこにいるのはクォークじゃなかった。
異邦のものだ。異邦のものが、完全にその肉体を操っている。
クォークの憎しみが、怒りが、異邦のものと同調しすぎたんだ。
「それじゃ……クォークはどこに行ってしまったの」
叫ぶなり、ルナが詠唱を始めた。
「クォークを返して!!」
その炎はあまりに小さく見えた。
巨大すぎる敵に対して、マッチの火を押し付けるようなものじゃないか。ルナはそんなことお構いなしに、次弾を装填する。
「待って、ルナ、闇雲に打ったってだめだ!」
「じゃあ、どうすればいいの! クォークが消えちゃう、クォークがいなくなっちゃう!」
「だからそれを、皆で考えてるんだろ!」
しっかりとルナの肩を掴み、はっきりと言い聞かせる。ルナは目を見開いて、縋るように僕を見上げた。
そして、戦い続ける仲間たちに視線を向ける。巨大な化物は、理性もなく、乱雑にその力を振り回し、足元をうろつく人間を踏みつぶそうとしてる。
皆、もうそこにクォークがいないことを感じ始めていた。
やるしか――ない。
「俺はクォークを助けたい! だけどクォーク!」
エルザは悲痛に叫ぶ。
「俺の……俺達の大切なものを壊すのがお前の目的なら」
化物の攻撃で、詠唱中のカナンとマナミアが吹き飛ばされる。
「お前は俺の、敵だ!」
エルザは覚悟を決めた。
戦うことを選ぶというなら、もう避けられない。どちらかが倒れるしか、この戦いを終わらせる方法はない。
――そういうことなんだ。
「皆……」
戦いを凝視していたルナの表情が、次第に強張り、強い決意に固まった。
「ユーリス。私、援護する。もう一度、あの魔法を打って」
「……いいのか?」
「私は諦めてないよ」
しっかりと剣を握り締めるその顔は、眩しいくらいだった。
なんて顔をするんだろう。
さっきまで泣いていたくせに……それなのに。
「頼りにしてるよ」
「うん!」
前に立ったルナの背中を見つめ、詠唱を開始した。
さっきよりも、もっともっと派手なやつを。
クォークを飲み込んだ巨大な力を吹き飛ばせるくらいに、強い炎を。
この手に!
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