闇へ堕ちていく [ 31/37 ]



 異邦のものへ続く扉の前には、人影があった。
 たった一人。鎧に身を包み、黒い髪を刈り上げた、長身の男の人。

 ずっと探していた、会いたかった人。
 そして、こんなところでは絶対に会いたくなかった、
 こんなところにいてほしくないと、願わずにはいられなかった相手。

「クォーク……」

 私は声にならない声で、呟いた。
 クォークは私を――皆を見たようだけれど、でも誰のことも見ていないのかもしれなかった。その視線は皆のいる辺りを彷徨い、階段を這い登る一本の醜い腕――ザングルグの右腕に落とされた。

「ザングルグの右腕に、アルガナンの血……。手間が省けたな」

 クォークはおもむろに剣を抜いて、それを右腕に突き刺した。

「異邦のものよ、我に力を与えよ! ザングルグに代わり、俺がお前の望みを叶えてやる!」

 右腕から赤い鎖が吹き出す。鎖はクォークに巻きつき、クォークの中へと入り込んでいく。エルザの使う力とは、対極の色。

「嘘だろ……クォーク」

 目の前の光景に圧倒されて、エルザは一歩も動けない。
 誰もが驚愕に飲まれて、何もできなかった。
 クォークはその力を受け入れ、制御すると、階段の最上段からエルザを見据えた。

「エルザ……最初からお前じゃなく俺がその力を手に入れていればよかったのにな……」

 どこか高圧的にも聞こえる響きを持った声音でそう言い残し、クォークは扉の向こうへと行ってしまった。

「どういうことだよ、これは……」

 呪縛から解かれて、セイレンが怒りを滲ませて呟く。
 ユーリスは困惑し、マナミアは悲しみに胸を傷ませた。

「クォークが……どうしてここに?」
「クォーク、あなたは……こうまでして」

 エルザは先程の別人のようなクォークの眼差しを思い出し、理解不能な行動を思い返し、覇気なく呟いた。

「俺の……俺のせいなのか、クォーク」
「エルザ、しっかりして! クォークを追いましょう、それしか今は……」

 カナンが今にも倒れそうに見えるエルザを励まし、クォークの消えた扉へと歩かせる。
 エルザのせい?
 私はずきずきと痛むこめかみを押さえる。
 立ってはならない場所に立つクォークに見えてから、ずっと頭痛が治まらない。
 こうなったのは誰のせい?
 グルグのせい? 異邦のものの力のせい?
 一体どうして、私はあんな冷たい目をするクォークとこんなに離れた場所に立っていなくちゃいけないんだろう。

 ユーリスが痛いくらいに、私の手を握りしめた。不安に揺れた瞳が、私に答えを求めて向けられる。私はただ目を逸らす。
 ここにいる誰も、その答えを持っていなかった。


 扉をくぐった先は真っ暗だった。
 何も見えない。
 でも確かに、クォークはここにいる。

「どうしてクォークが先にいるんだ。おかしいじゃないか!」

 セイレンの怒鳴り声が暗闇に響いた。
 すると、思ったよりは近くから、クォークの声が返ってきた。

「ついてくるな、これ以上は。ここから先は俺の仕事だ」

 一方的に告げるクォークに、セイレンは噛み付く。

「勝手なことを言うな! 顔を見せろ!」

 それには答えず、クォークは別の質問をした。

「ジャッカルはどうした?」
「ここには……来ない!」

 さっき私達を眺めたとき、一人欠けていることに彼はちゃんと気づいてた。けれどクォークは、それ以上訊ねようとはしなかった。どうして来ないのかも、何も聞かない。知ろうとしない。私達を遠ざけて、一人で先へと進んでしまう。

 仲間たちは次々にクォークへと思いをぶつける。
 なんで。どうして。
 怒りを、悲しみを、不信を、ぶつける。
 その言葉が、遠くに聞こえる。
 皆の思いが遠のいて、私は暗闇の中を必死に探す。
 クォークが居る場所を、彼の声がする方向を懸命に求めて、見つけ出そうと、その距離を推し量ろうと耳を研ぎ澄ませる。

 クォークは皆のために行動を起こした。
 皆で、まっとうな暮らしをする、そのために。
 クォークは、そのためだけにずっと。でも、ねえ。
 本当にそれだけだった? もしそれだけだったなら、どうして私も一緒に連れて行ってはくれなかったの?

「……クォークッ!」

 もう一つの出口が見えた。そこに、一人の影が一瞬現れ、消える。私は繋いでいた手を振り解き、その後を追いかけて走りだした。
 一人では行かせない。

 あなたがどこかへ行ってしまうなら、そのとなりには私も共に――


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