予兆 [ 30/37 ]



 進んだ先で、倒れていたカナンを見つけた。そこには、ザングルグもいた。ザングルグは自らの右腕にカナンの血――アルガナンの血を注入していた。もう、カナンは必要ない。ザングルグ一人で異邦のものを手に入れられる。
 エルザはザングルグに、最後の戦いを挑んだ。
 激しい戦いの末、エルザはザングルグの盾を破壊し、その身体に剣を突き立てた。
 倒れる寸前、ザングルグは自らの右腕を引きちぎり、神としての復活を誓ってその形を失った。

 これで、異邦のものを利用しようとするものはいなくなった。
 あとは、異邦のものが大地の力を吸うのを止めるだけだ。

「ルナ、行くよ」

 ザングルグがいた場所を見渡し、来た道を振り返っていた私を、ユーリスが急かす。私は返事をしながら、諦めきれずに首を巡らせた。
 おかしい。クォークがいない。
 どこにもクォークがいない。
 このまま前に進むのは気が進まなかった。今すぐ戻って、クォークを探したい思いに駆られる。

 やっぱり、ずっと城に残っているの?
 城でグルグの残党と戦っているの?
 でも、クォークなら、必ず私達を追ってくるはず。
 それなのにクォークは私達の前に現れない。
「待たせたな」なんて格好つけて、私達のピンチに――現れてくれなかった。
 不安が募る。
 考えたくなかったことが、否定し続けていた推測が、にわかに現実味を帯びてくる。
 いやだ。
 そんなの。いやだよ、クォーク。

「ルナ」

 ユーリスが困った顔で私を促す。
 私はユーリスに、この不安を打ち明けたくて、でも、うまく説明できなくて、押し黙った。

「どうしてグルグは……」
「え?」
「どうしてグルグは、ルリを襲ったんだろう」
「何言ってるんだよ?」

 こんなこと、今話すべきことじゃない。今となっては、どうだっていいことだ。ユーリスはそういいたげな態度を取る。
 なんでもない、と私は会話を切って、振り切るように歩き出した。

 もし。
 クォークがルリ島にいないのなら。
 きっと彼は、この先にいる。

 それはもう推測じゃなく、確信になりつつあった。
 だったら、確かめるしかない。
 異邦のものの待つ場所へ向かって、自分の目で確かめよう。
 それがどんなに、受け入れがたい事実で合ったとしても、私はそれを、知らなくちゃいけない。

「ユーリス」
「何?」
「手を握っていてもいい?」
「へっ!?」

 静かに訊ねたのに、ユーリスは部屋全体に響き渡るような大声を上げた。そして大げさなポーズを取って驚く。

「なっ、こんなときに何を言ってるんだよ!?」
「こんなときだからだよ。なんだか不安なの」

 私がそう零すと、皆もはっとしたように顔を見合わせた。
 ザングルグは倒した。でも、それですべてが終わるわけじゃない。

「私も、この先から嫌な感じを受けますわ」
「そうね。異邦のものが、この先にはある……」

 マナミアとカナンは、同じ何かを感じながら、扉の向こうに瞳を据える。セイレンは思いを堪え、じっと押し黙っていた。
 エルザは重苦しい空気を感じ、励ますようにユーリスに笑ってみせた。

「ルナをエスコートしてあげなよ、王子様」
「こんなときに、そんな冗談面白くないよ」

 ユーリスはむっとしながらも、私の方へぞんざいに手を伸ばした。

「ほら、これで落ち着くなら握れば? あまえんぼ」
「……ありがと、ユーリス」

 ユーリスの手に触れたとき、自分の身体が小さく震えていることに気がついた。
 ユーリスもはっとして、私の顔を見る。私は強張った表情で、小さく頷いた。

 とても怖いけれど。
 先へ進むしかないんだ。
 もう、戻れないところまで来てしまったのだから。

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