氷解温度 [ 2/37 ]


「ユーリス……」
 そっと、呼びかけてみる。
 答えは、ない。

 ぐっすり眠ってるんだ……。

 まさか、本当に寝ちゃうとは思わなかった。
 平気とか言って、やっぱり消耗してたんだ。
 目を閉じて、穏やかに呼吸を繰り返す様子は、起きているときとは別人みたい。
 柔らかそうな頬を、銀色の髪が縁取る。小さな獣を思わせる、ふわふわな毛。三つ編みはしたままだ。お団子は解いてる。寝るのに、痛いもんね。

 ……三つ編み、結構長いんだなぁ……。

 こうして見ると、変わった髪型。ジャッカルも変な尻尾ついてるけど、ユーリスもお団子にする部分を、付け根をまとめるだけにすれば、尻尾になりそう。

 ……尻尾をふわふわ揺らすユーリスを想像しちゃった。
 可愛いかも……。

「……ん」
「っ……!」

 びっくりした。身じろぎしただけみたい。ちょっと口が開いた。
 白い歯と、赤い舌がちらりと覗く。

 普段は生意気で、意地悪なことばかり吐き出す、小さな口。眉根も、わずかに寄せられる。寝苦しいのかな? 額には、じんわり汗を掻いている。
 眼帯、蒸れそう。
 私はそっと手を伸ばして、右目を覆う眼帯の少し上を、指でなぞるような素振りをした。うっかり触れてしまったら、途端にアイスブルーの瞳がぱっちりと開かれて、嫌味の一つも言われそうだった。

 この下にあるものは。
 なんだろう。
 彼の眉をしかめさせているもの?

 私はユーリスのことをよく知らない。
 同じ傭兵で、クォークたちと一緒に仕事するだけで。
 昔の話なんかはもちろん、どんな食べ物が好きで、嫌いなのか、なんて話もしない。
 ユーリスはそういうの、好きじゃないから。

 馴れ合いっていうのかな。
 必要以上に親しくするっていうのは主義に反するみたいで。

 ユーリスは何も話してくれない。
 それが、ちょっと寂しい。

 この傭兵団に入って、もうだいぶ経つし、クォークはもちろん、マナミアやセイレン、エルザやジャッカルとは、それなりに仲良くなれたのに。

 ユーリスは、私だけじゃなくて皆とも距離を取ってる。
 仕事の関係、だけなんだって。
 だからときどき、眼帯の下が疼いて苦しそうにしていても、マナミアに助けを求めない。
 いつも、一人。

「どうして、かなぁ……」

 いつかは、もう少しだけでも、打ち解けられるように、なるのかな……?
 そうなると、いいな……。


 …………………………………………



「すぅ……」
「……」

 ……なにこれ。
 なんでか、僕の肩に誰かの頭が乗ってるんだけど。
 ……なんで?

「ねえ……、ちょっと」
「……んぅ」

 ……重い。
 起きないし……。
 起こしてもいいよね?
 ていうか、起こした方がいいよね?

 寝る場所間違えてるよ、あんた。

「ねえ。どいて」

 返ってきたのはむにゃむにゃという寝言だった。
 えー……。
 その体勢で熟睡はないんじゃないの。
 いろんな意味で。
 有り得ないでしょ……。

「勘弁してよね……」

 顔、近すぎだし。
 寝息、深いし。
 もしかして、しばらく起きないつもりなのか?
 寝返りも打てないんだけど。

 ちゃんと、自分のベッドで寝ればいいのに。

「……別に、たいした怪我じゃないって言ったのに」

 ずっとここにいたのか。
 ……心配しすぎ。
 だいたい、そこにいたところで、何ができるわけでもないのに。

「……そのまんま寝ちゃうとか、バカなの?」

 僕が男で君が女だとか、そういうこと全然意識してないのは薄々知ってたけど。
 鈍感すぎ。

「……はぁ」

 ……ルナがいるのに、寝込んだ僕も僕だけどさ……。
 よっぽど疲れてたかな。
 怪我もあったし……。

 寝顔……見られたのかな。

 うわー……なんかやだ。
 変わりに僕も見てやろうか……って、頭の天辺くらいしか見えないじゃん。

「……あーあ」

 何だろ、この体勢。
 いろんな意味で、有り得ない。
 本人はやたら幸せそうな寝息立ててるしね。

 ……朝には起きるよな。
 仕方ないか。別に、たいした重さじゃないし。
 まだ、外は暗い。もう少し、僕も寝ようか。
 早く起きて、ルナの寝顔を見てやろう。看病する気あるのか、聞いてやらないとね。
 ルナが起きたとき、はたしてどんな顔するのやら。
 楽しみだ。


[*prev] top [next#]
top