出来損ない [ 25/37 ]
奥へ入ると、見覚えのない道が入り口を開いていた。一足先に来ていたザングルグがカナンのアルガナンの力を使ったに違いない。
決戦の時が近づいている――
私達は気を引き締めて先へ進んだ。
――暗闇だった。
狭くて、息苦しくて、冷たいあの場所。
リザードの洞窟じゃない。要塞島の中とも違う。
水の腐ったような匂いが鼻にくる。この匂い。
――あそこだ。
今度は、似ている場所なんかじゃない、あの場所そのものだ。
私の身体全身が、そう告げていた。
ここだ。あの薄暗い地下の訓練場。私が育った場所。
閉じ込められた。また? どうして?
そうか……逃げそこねたんだ。
必死に逃げて、でもどこにも逃げ場なんかなくて、私は力尽きて売人に捕まって、また、ここに連れ戻されてしまったんだ。
さっきまで誰かといた。一緒にいたはずなのに。
辺りを見渡しても誰もいない。
押しつぶされそうな重苦しい暗闇が辺りを囲んでいる。
一緒に逃げたはずの、あの子達は。
あの子達も捕まっちゃったの?
――どうして逃げた。
声がする。優しさのかけらもない、非情で威圧的な声。
――逃げられると思ったか。
――出来損ない。
怒った声がする。嘲る声がする。
声が木霊して反響する。
嫌悪が増幅する。
――一生逃げられないぞ。
――出来損ない。
……いやだ。
――ここにずっといるんだ。
――出来損ない。
いやだ、いや!
いや!
空気を、光を求めて喘ぐ。こんなところ、いやだ。暗くて、狭くて、息苦しい、こんなところ、二度と戻るもんか、絶対、絶対!
剣を抜く。私は強くなったんだ。もう負けたりしない。出来損ないなんて言わせない。私は、私は――!
夢中で剣をふるう。私を閉じ込め、繋ぎ止め、押しつぶそうとする力を振り切って、断ち切るために。
闇雲に剣を振ると、手応えがあった。
絶対、絶対負けない。
私はもう一度光を見る。もう一度、あの空へ、あの人が与えてくれた、光に満ちた大地へ!
「――ルナ!!」
暗闇から光が差し込む。
私を呼ぶ声は、その向こうから聞こえたの?
私を光へと引き戻してくれる、その優しくて温かい声は――。
からん、と力の抜けた手から剣が落ちた。
気が付くと、目の前にユーリスの顔があった。
「ルナっ!」
「へっ!?」
あんまり近くて、びっくりする。銀色の前髪が鼻先をくすぐって、大きな青い瞳を縁る長いまつげの影まで見えた。
「えっ、あれ、ユーリス?」
「もう、ほんとに君は……よかった」
少し声を震わせて、ユーリスは怒っていた目を伏せると、私を抱き寄せた。気遣わしげに、優しく。
状況のわからない私は、突然こんなことをされて混乱状態。
どうして、ユーリスはこんなに泣きそうなの?
「ルナ! 正気に戻りましたのね!」
「わっ」
ユーリスの上から、マナミアが涙を浮かべて抱きついてきた。見れば、セイレンやジャッカル、エルザもほっとした顔をしている。
「よかったよかった。これで全員戻ったな」
「どうなることかと思ったぜ」
「いや、君だけじゃなかったんだけどね」
三人は口々にそんなことを言う。クエスチョンマークを頭の上にたくさん並べてる私を見て、なんとか説明しようとはしてくれてるんだけど。
「今は説明してる暇はないよ。行こう」
「え、ユーリス?」
じっと黙って私を抱きしめたままだったユーリスは、さっと背を向けると私の方を見もせずに、歩き出してしまう。
「そうだな、おら、ジャッカル行くぞ!」
「へいへい」
「ルナ、行きましょう」
「う、うん」
マナミアに促されるまま、剣を拾い、鞘に収める。剣、いつ抜いたんだろう。部屋を改めて見ると、いつ入ったのか覚えがない。でも部屋は荒れていて、激しい戦闘の後だっていうことがわかった。確か、ここで見たこともない魔物と戦ったはず……。でも、どうして何も覚えてないんだろう。
なんだかとても、嫌な思いをしたような……。
思い出す手がかりになるんじゃないかと、ユーリスの後ろ姿を目で追う。
ユーリスはエルザより先を歩いてる。ずっと、私と一緒に後ろを歩いていたのに。
釈然としない思いを抱えながら、私は皆の後を追いかけた。
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