その背を追って [ 24/37 ]
ザングルグの側近、ゼーファとゼーシャを倒し、その奥の部屋でもうひとつの異邦のものが眠りから目を覚ました。あまりに強すぎる力を前に、私達ではどうにもできないと諦めかけたとき、カナンの呼びかけに応えてルリの異邦のものが現れ、手助けをしてくれた。
孤独のルリと、怒りのグルグ。
それぞれの異邦のものの力。
異邦の力って、一体何なんだろう。
アルガナン伯爵はルリの力に飲み込まれてしまった。異邦の力は、大地の力を吸い取っていた。
でも、もしかしたら、滅ぼすだけの力ではないのかもしれない。
ザングルグはルリ島の異邦のものを奪いに島へ向かったとゼーファとゼーシャは言っていた。
グルグの要塞の動力となっていた異邦のものは止めた。
早く、ルリに戻ろう……!
来た道を急いで戻る。要塞島はとても不安定になっていた。
崩壊が始まっているのかもしれない。
崩れ落ちた道に足を取られて、カナンが海へ落ちそうになる。すぐ後ろを走っていたエルザがカナンの手を間一髪で掴んだ。
「エルザ、あぶないっ」
けれど、エルザたちのいる道そのものが崩れて、私が駆け寄る前に二人の身体は海の中へ落下してしまった。
「エルザ!!」
「ルナ、ダメだ!」
セイレンに体ごと押さえ込まれる。要塞の崩壊は、エルザとカナンが無事かどうか足元を覗き込むことも許してくれない。
絶望的な思いでセイレンを見ると、セイレンも青い顔をしていて、でも、唇をぐっと噛み締めて、走るのを止めようとはしなかった。
「急げ!」
「ルリの城についたら船を出して、二人を探しに行くぞ! それでいいな、ルナ」
「ジャッカル……。うん!」
ジャッカルの言葉に皆励まされた。
私達はなんとか崩壊に巻き込まれる前に、要塞を脱出することができた。ルリの港はまだ煙が上がり、混乱が続いている。
動いているグルグの姿も、騎士もいなかった。タシャさんはどうしているだろう、と気にかかったけれど、確認に行く時間はなかった。私達は港に残っていた無事な船を一隻拝借し、海へ乗り出した。
幸い、エルザは他の船に拾われていて、私達は再会を喜んだ。
でも、エルザを助けたのはジルという貴族が乗っていたグルグの船で、エルザはその貴族に殺されそうになったという。
それよりも大変なことは、カナンがザングルグに攫われてしまったということだった。
「ザングルグがルリの異邦のものまで手に入れてしまったら、とんでもないことになる」
エルザは拳を握りしめた。
船の進路を即座に変更し、私達はルリの島の裏側へと舳先を向けた。
人目につかない場所に、その洞穴はぽっかりと口を開けていた。
船を入れると、洞穴の中には白い虎の姿をした、神獣の使いがまるで私達を待っていたかのように姿を表して、洞穴の奥へと消えていった。きっと異邦のもののありかを教えてくれたんだ。
私達は船を降りて、白い虎が消えていった小さな洞窟へ進んでいった。
「あれ? ここは……」
洞窟をしばらく進むと、セイレンは懐かしい、と言った。
リザードの洞窟だ。まだルリ島に来たばかりのころ、リザード討伐の任務を言い渡されて、クォーク、それにセイレンと私でこの奥まで入っていったんだ。
「……クォーク」
クォークと一緒に戦った様々な戦場の光景が、いっぺんに脳裏に浮かび上がった。本国でのそれよりも、ルリに来てからこなした仕事の数の方が、多くなっていたかもしれない。この島で過ごした時間の方が、きっと長い。
クォーク。
今、一人で戦ってるの?
それとも、騎士と一緒にいるの?
クォークのいない戦場で、こんなにも長く戦うのは初めてのことだった。
今はエルザがクォークの代わりに先頭に立って、皆に指示を出してる。エルザは立派に、その役目を果たしてる。大切な人が……カナンが連れ去られてしまって焦っているのに、それでも皆を気遣うのを忘れないで。
その背中はとても眩しくて、なんだか少し遠い。
セイレンもマナミアもジャッカルも、不安なんて口にしない。エルザの指示に従って、迅速に行動してる。
私だけなのかな。
クォークの背中が見えなくて、行き先を見失ってしまいそうな不安に襲われてるのは。
「そんなに心細そうな顔、しないでよ」
「えっ、あ、ごめん」
ふと気づけば、隣にユーリスがいた。また、皆から遅れてしまってた。
ユーリスは呆れたように笑う。
やっぱり、怒ったりはしない。
ただ、困った奴だな、って笑うだけ。
どうしてユーリスまでそんな、物分かりのいい大人みたいな顔を真似てるんだろう。
私ばっかり、だだをこねてる子供みたいな。
「そんなに寂しいなら、港に戻った時に探しに行けばよかったじゃない」
「あの時は、エルザの方が心配だったから」
そう答えかけて、確かにそうすればよかったのかもしれない、と思い直した。あの時、クォークを探しにルリに戻っていれば。
どうしてそうしなかったんだろう。
なんとなく……そう、なんとなく。
「クォークは、ルリ島にはいない気が……して」
「なんで?」
「ただの……勘」
ユーリスはなにそれ、と眉を顰めた。私は自分で言ったことに驚いて、口を塞ぐように手を当てた。
クォークがルリ島にいない?
じゃあ……それなら、どこに向かうというの?
市民の避難を誘導し終わったら、必ずクォークは私達に合流しようとするはず。異邦のものを持ったエルザなら、要塞島に乗り込むだろうって、きっとクォークになら予想できた。それならここに来る途中で会ってなきゃおかしい。
ザングルグが別行動だって知って、彼を追いかけているとしたら……。私達よりも先行している?
私はリザードの洞窟の、曲がりくねって細い道の先へ視線を凝らす。
クォークもこの道を通ったの?
そうだ、そうに違いない。
この先に行けば、きっとクォークに会える。
「ちょっと、ルナ!」
私は元気を取り戻して、ユーリスを追い越して走りだした。
早く。
早く会いたい。
たった一人でいるだろうクォークのことを思ったら、いても立ってもいられなかった。
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