騎士の道 [ 21/37 ]



 地下にいた異邦のものはアルガナン伯爵の命を吸い、砲撃を放った。その一撃は魔物たちを一掃し、グルグの砲台を破壊した。

 ルリの力の源は大地の力であり、大地の荒廃の原因は異邦のものだったなんて。

 ルリ城から港へ出ると、すでにグルグの襲撃に遭っていた。火矢が降り注ぎ、グルグ船が港へ入ってくる。

「わらわら来やがって……! 街の人を守るよ、ルナ!」
「うん!」

 ――ユーリスと初めて会ったときは、こんな風に背中を預けあって戦える日が来るなんて想像できなかったことを思い出す。
 あの後、私を拾ってくれたその翌日、クォークは宿屋で待っていた仲間たちに私を紹介して、最後にユーリスと引き合わせた。

「彼女は炎属性の魔法を使う。互いにサポートしてやってくれ」
「ふうん」

 ユーリスは隻眼を私にくれて、素っ気なく言った。

「こんな子供にサポートなんて、頼めそうもないけどね」

 腕を組んで、見上げてくるユーリスは、そのとき私よりも背が低かったから、まるでクォークと肩を並べているつもりの、その言いぐさがおかしかった。思わず笑った私の反応は彼の予想の外で、何、と睨んできた。

「ううん。子供同士、協力できればいいなと思って」
「なっ……、誰が!」
「おい、ユーリス」
「紹介はもう十分だろ!」

 引き留めるクォークに言い捨てて、怒って行ってしまったユーリス。思えば、あのときから私は、ずっとどうしたらユーリスと友達になれるのか、考えてた。
 同じ炎属性の魔法使いで、年も近かったから親近感を抱いていたのかもしれない。
 何度も怒らせて、呆れられたけど、諦めたくなかった。

「ルナ、右!」

 ユーリスの注意を聞いて、右側を剣で薙払った。堅い手応えを感じて、さらに力を込める。どうっと倒れたグルグの爪の生えた足をちらりと見て、左からぞろぞろと現れた奴らの方に剣を構えなおした。

 この島に来てから、ユーリスのことたくさん知った。
 好きなもののこと、ジャッカルみたいに剽軽で、面白いところ。自分より小さなものを守ろうとする、お兄さんなところ。
 いなくなってしまったお父さんの名誉のために、ずっと苦しんでいたこと……。

 ユーリスが見せる新しい顔を見つけるたびに嬉しくて、もっと知りたいと思った。そうすれば、もっと親しくなれる。

 単なる友達じゃなくて。
 単なる仲間じゃなくて。

 もっと深いところで繋がりあえる仲になれるかもしれない。
 そう思った。

「エルザ、船が!」

 グルグを乗せた船は何隻も港へ接岸し、空からは魔物がグルグを抱えて飛んできた。
 港に火矢が放たれ、積み上げられた木箱が燃え上がる。次から次へと上陸してくるグルグを追い返し、追い払いながら、港を進む。すると、港の東側で騎士たちが剣を振るっていた。

 巨大なグルグに圧倒され、じりじりと後退しながら、逃げまどっている。ひどい者になると剣も弓も放り捨てて、敵に背を向けて逃げ出していた。そういう人たちが真っ先にグルグの餌食になる。
 そんな中、一本芯の通った力強い声がグルグを飛び越えて聞こえてきた。

「怯むな! 民を守るのだ! 剣を持て!」
「あっ……、タシャさん!」

 黒い鎧の隙間を縫って、確かにタシャさんと目が合った。
 ここでグルグの侵攻を食い止めていたんだ。
 じゃあ、もしかしたら。
 タシャさんの近くに目を凝らす。グルグと戦っている騎士はタシャさんの周りに固まっている。
 もう分散できるほどの兵力は残っていない。
 なら、クォークはここにいないのかな。
 戦乱に燃える波止場のどこにも、あの頼もしい背中は見あたらなかった。

「タシャ!」
「遅い! 加勢ならもっと早く来い!」

 エルザは真っ先にタシャさんの元へ走り、タシャさんの背中を守るように剣を構えた。
 タシャさんの動きは鈍い。きっと、ほとんど一人でこれだけの数のグルグと渡り合っていたんだろう。
 援軍の登場に、数人の騎士たちが奮い立ち、気合いを入れ直した。

「僕たちも行くよ!」
「うん!」

 ユーリスが呪文を唱え始める。それに気づいたグルグの足を払い、突きを数回見舞った。
 ユーリスの魔法が発動し、数人のグルグを一網打尽にする。わずかに魔法を浴びたものの一命を止めたグルグに、追撃を加え掃討するのが私の役だ。

「我が騎士道とは、退かぬことただ一つ!」

 満身創痍でありながら、タシャさんは鬼神のごとく剣を振るい続けた。
 力の衰えない斬撃に、グルグが沈んでいく。
 騎士たちは戦い続けていた。背後にある瑠璃城下町に、一匹たりともグルグを侵入させないために。
 互いに励まし合い、守り合いながら、今にも倒れそうに疲弊した体を叱咤し、堅い敵の皮を貫く。

 これが一つの、騎士の姿。
 守るべきもののために、命を懸けて戦う勇姿。
 これが、見たかった騎士の姿だ。

 それを率いているのはタシャさんだ。
 誰よりも激しく、誰よりも猛々しく敵に立ち向かっていくタシャさんの背中が、後続の騎士たちを奮い立たせる。

 その光景は、何よりも尊く、美しかった。

 騎士と衛兵の奮闘により、絶望的に思われた戦局は一変していた。激しかった音は疎らになり、グルグの船は燃え、上陸したグルグの数は残りわずかとなった。
 けれど、こちらの被害も甚大だった。
 動ける騎士はほとんど残っていない。大半は、グルグの死体に紛れて地面に伏せたまま、微動だにしなかった。

 残党もほぼ打ち倒し、港は炎の燃える音ばかりになった。エルザがタシャさんに手を貸し、立ち上がらせようとする。その背中に、黒い陰が迫った。もう矢はない。

「エルザ!」

 エルザの体が飛ぶ。グルグの攻撃を交わし、一回転するとすぐに反撃に転じた。私たちは急いで駆け寄る。
 エルザには怪我はなかった。
 けれど、タシャさんの太股に黒い剣が突き立てられ、地面に縫いつけていた。

「タシャさんっ……!」
「……ルナ殿、そう青い顔をしないでください」

 自分の方が青ざめているのに、タシャさんはそう言って強がった。
 そして、懐から鍵を取り出すと、エルザに押しつけた。

「地下水路にルリの民たちが避難している。貴殿に任せた」
「わかった。タシャ、すぐに手当しよう」
「私に構うな。貴殿の足手まといになりたくはない」

 ぴしゃりと言って、タシャさんは笑みを作って見せる。

「この程度、自分でなんとかする。さあ、行け!」

 それはタシャさんの覚悟だった。
 誰にも邪魔できない、高潔な意志。
 青ざめてはいるけれど、タシャさんの意識ははっきりしている。
 私もぐっと込み上げるものを堪えると、止血用にと装飾のベルトをほどき、タシャさんの手に握らせた。

「必ず、グルグを追い返します」
「……頼みました」

 握り返してくる手が熱い。足を引きずった騎士が、後はお任せくださいと名乗り出た。私たちはタシャさんを彼に預け、地下水路の入り口へ向かった。

「……よかったの?」

 途中、ユーリスが躊躇いながら訊ねた。

「あいつの側にいなくて」
「タシャさんなら、大丈夫だよ」

 騎士が側にいてくれている。エルザもそれで未練を振り切って、タシャさんの願い通りにするって決めたんだ。

「私たちは、グルグをおっ払わないと。でしょ?」
「だね」

 わざと茶化して言うと、ユーリスもにっと笑ってみせた。
 今、私たちが守るべきものは、途方もなく大きい。この体の小ささが悲しくなるくらい。
 それでも、役に立てることがわかったから。
 私は退かない。何があっても。

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