導きの光 [ 20/37 ]


 そして、エルザが選んだ道は騎士の叙勲を受けないことだった。
 ルリの力を悪用し、グルグ族の女子供まで殺戮させ、騎士を堕落させるアルガナン伯爵には従えないというのが、彼の出した答えだった。

 エルザがそう決めたなら、それでいいと思った。アルガナン伯爵に忠誠を誓わずとも、騎士になる方法はきっとある。真の騎士へ至る道を模索するなら――選ばなければならない道だったのかもしれない。

 まだ私は知らなかったから、そんな風にある種楽観的に考えていた。とらわれのお姫様を救い出して、悪い貴族に反逆する――そんなわくわくするような事件に、心が浮ついていたのかもしれない。

 ここにいないクォークが、いったいどんな気持ちで、エルザを見送ったのか――私は何も知らなかった。



「砲撃……?」
「まさか!」

 エルザたちを逃がすために騎士をくい止めていると、城を揺るがす爆発音がした。

 三度目のグルグ族の襲撃。
 それも、総力をかけた、最後の襲撃だ。
 グルグ族は今までの襲撃で集めた砲台の建築方法を元に、彼らの”異邦の力”を使い、圧倒的な力を誇る砲台を造っていた。

 外では、ルリの砲台とグルグの砲台が、激しく打ち合っていた。上空からは、空飛ぶ魔物がグルグを運び、城へ次々と進入していく。

 私たちは街の人々を助けるため戻ろうとしたけれど、途中で会ったアルガナン伯爵の言葉に説得され、砲台制御室へ向かうことになった。途中でエルザと合流し、地下にある異邦のものへ直接砲撃を命じに行かなければならなくなった。

「エルザ、クォーク見なかった?」
「いや……城で別れたっきりだ」

 エルザもクォークの居場所を知らない。おそらく騎士たちと一緒に城で戦ってるんだろうけど。

「戻ってる暇はないぜ! そのうち合流するさ」

 ジャッカルに急かされて、未練がましく後ろへ向けていた首を前に戻すしかなかった。
クォークはクォークで戦ってるに違いない。なら、私たちも私たちのやれることをする。
今はそれだけを考えよう。



 私が育ったのも、こんな風に湿っていて、ひんやりとした地下だった。もっと薄暗くて、息苦しい、狭い場所。
 そこには様々な年齢の子供たちがいた。皆、魔法と剣術両方を教えられ、どちらかに才能を見いだされた子は「上」へ上がっていった。皆、「上」へ行くことを目標にして、体の痛みも、空腹も、我慢していた。

 どちらの才能も見いだされなかった子は、「外」へ売られる。そうならないように、皆必死だった。
 起きてから寝るまで、一日中戦いのことを教えられる毎日。それ以外の生活は知らなかった。

 周りの子たちほど、私は熱心じゃなかったのかもしれない。私はあの人たちの求めるほどの才能を見せることができないまま大きくなってしまい、「外」へ売られることになった。

 馬車に乗るために出た地上は夜で、地下と変わらない暗さだった。
 一人の子は、不安でいっぱいで、泣き続けていた。
 もう一人の子は、じっと耐えるように黙り込んでいた。

「これからどうなるの」
「売られるんだ」
「なにをされるの」
「一生こき使われるんだ。死ぬまで」

 そんなのいやだ、とさらに泣く子に、もう一人の子は俺もいやだ、と妙にきっぱりした口調で言った。

「だから、逃げてやる」

 彼はきつく縛られていたはずの縄からするりと腕を抜いて見せた。私たちは機会を待って、ある街に入ったときに荷台を飛び出した。
 逃げているうちに、彼らとはぐれてしまっていた。
 もう一度捕まるのが怖くて、ひたすら逃げ続けた。

 気がついたら街の外に出てしまっていた。
 戻ることはできないから、進むしかなかった。

 何も持たないで、枯れた荒野をひたすら歩き続けた。
 雨が降るのを心待ちにして、疲れた足を引きずった。

 もう歩けない、と立ち止まって、膝をついたらもう起きあがれなかった。
 どうしてあんなに必死に逃げたんだろう、と不思議に思った。
 こんなに苦しい思いをしてまで、何から逃げたかったんだろう。

 どこへ行っても、あの地下での暮らしと同じ毎日が待っているだけなのに。
 喉が乾いていた。
 売られた先でも、少なくとも、こんなに飢えて、疲れきることはなかっただろう。

 そして目を閉じた。
 そのまま死んでしまっても構わなかった。生きていても、どうせ同じだ。何も変わらない。

 どれくらい経ったのか、人の気配がした。
 これだけ近くに人がいて、まったく気がつかなかったのだからそれだけ疲弊していたんだろう。その人は何か声をかけ、水筒を差し出した。

 ついさっきまで、死んでもいいと思っていたのに、水の匂いを嗅いだ途端水筒を掴み、中身を飲み干していた。
 すっかり頭が冴えて、水筒を渡した男に気がついた。

「思ったより、ずいぶん元気だな」

 そう言われて、自分の体がそうそう死にそうにもないくらい回復していることを思い知った。
 空が晴れて、青空が広がっているのを眩しく見ていたら、無性に何か食べたくなった。
歩いて、街に向かって、水浴びをしたいと思った。

 生きたいと、思った。

「俺はクォークだ。おまえは迷子か?」
「ルナ。私は……抜け出したの」

 暗い地下から、眩しい大地へと。
 そうか、とクォークは笑った。

「来いよ。ここよりはマシだぜ」

 右も左もわからなかった私を導いてくれた。
 それは地下にはなかった、明るくて暖かい光だった。



 そのあと私はエルザと引き合わされ、ご飯を食べさせてもらった。

「俺たちは傭兵だ。あいにく、お前の面倒は見切れない。この先の街に、教会がある。そこならお前を預かってくれるだろう」

 クォークはそう言ったけれど、私はもうこの人に付いていこうと決めていたから、慌てて言った。

「私も戦えるよ。魔法だって使えるから」
「本当かい?」

 エルザはびっくりして私をまじまじと見た。あの人たちからは、使えない、と判断されちゃったけど。

 突然、殺気が放たれた。私は食べていた途中のパンを口にくわえて、エルザの横に置かれていた剣を掴み、クォークの攻撃を受け止めた。

「……ほう、確かにそれなりには使えるらしいな」
「クォーク、驚いたじゃないか」

 エルザの方が怒ったようにそういって、私から剣を受け取った。

「いきなり女の子に打ち込むなんて。それも食事中に」
「いや、悪かった。だが、これなら傭兵もやっていけそうじゃないか」
「それは……うん。想像以上だったな」

 二人はしげしげと私を眺め、納得してくれた風だった。
 私自身を評価して、認めてくれた。
 不要だと言われ、売り払われ、すべてから見捨てられていた私を。
 見出してくれたの?
 受け入れてくれるの?

「もし戦えなかったとしても、俺は君を歓迎するけどね」

 エルザはにっこりと笑って、手を差し出す。
 私は恐る恐る、手を伸ばす。そして、そっと手のひらを重ねた。エルザは笑って、よろしくね、とぎゅっと握った。

「魔法が使えるなら、それに越したことはないさ」

 クォークは満足そうに頷いてくれた。
 こんな私でも、居場所を与えてくれると。
 そう言ってくれるなら。

「街に戻ったら仲間に引き合わせよう。よろしくな、ルナ」

 私はこの人たちのためになんでもしようと、そのとき決めた。

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