選ぶ道 [ 19/37 ]
グルグ族と繋がり、トリスタ将軍を害した真犯人が見つかって、エルザの無罪が確定した。
晴れてエルザは騎士になり、ルリ城城主の姪であり、正当な後継者であるカナン姫との結婚が決まった。
うれしい報告が重なった。
「エルザ、おめでとう」
「……うん」
笑顔を繕って言祝ぐと、エルザは浮かない表情でうつむいてしまった。最近はずっとこうだ。無罪が確定したというのに、ちっともうれしそうじゃない。
「トリスタ将軍のこと……残念だったね」
「……ああ」
彼ほどの騎士はもういないのじゃないかと思う。グルグの本拠地を攻めたときの騎士たちの体たらくを見るにつけ、理想と現実のあまりの落差にうんざりした。
大半の騎士は、タシャさんやクォークの言うように堕落している。我欲ばかりに夢中で、自慢の剣が鞘の中で錆び、腐り落ちていくことに気づかない。
あんな姿を見てしまったら――宮仕えに希望を持てなくなるのも、無理はないかもしれない。
でも。
「クォークの夢が、叶うんだね」
「ルナ……」
「最初は、慣れないこととか、ままならないこととか、たくさんあると思うけど……。強くなって、変えていけるよ」
トリスタ将軍はもういないけれど。
その思いはここにある。
タシャさんの中に。エルザの中に。
私の中にだって。
「変えていこうよ。大丈夫。エルザは、一人じゃないんだから」
「変えていく、か……。そうだな、ルナ」
俺は一人じゃないんだ、とエルザは目を細めた。
「ありがとう、ルナ。俺は、騎士の姿を見て、見失ってしまったんだ。俺たちがあるべき姿とは、なんなのかって」
エルザはぐ、と拳を握りしめる。
「トリスタ様の言う、本当の騎士ってなんなのか、本当はまだよくわからない……。でも、もうあんな、惨いことは二度と起こしたくない。その気持ちは確かなんだ」
私は語るエルザの横顔を見つめながら、頷いた。
「あそこに入って、俺に変えていけるのか。皆をそんなところに連れていっていいのか、悩んでしまって。あそこにいたら、俺もいつか飲まれてしまいそうで、怖い気もする……」
「エルザなら大丈夫だよ」
弱気なんてらしくない。エルザは私の方をちょっと見て、笑った。そしてまた、視線を正面に戻す。
「……もう少し、考えてみるよ。皆にとって、いい方法を」
「うん。一人で考えたらだめだよ」
噴水から立ち上がり、エルザの前にとん、と踵を鳴らして立つ。
「皆のことなんだからね」
「……ああ。わかってるよ」
わかってるさ、とにっこり笑った顔は、あのときの顔と似ていた。騎士見習いになると、決めたあのときと。
じゃあもう、答えは出ているのかな?
エルザは、十分考えて、皆のためにどうしたらいいか、決めてしまったのかな。
私たちにとって、この問題はとても大きなものだけれど、決定権はエルザにある。だから、私はエルザが選んだ答えに従う。
――エルザと噴水広場に来る前。酒場で皆と話をしていた。
「憧れの騎士様になれて、好きな女と結婚できるんだ、よかったじゃねぇか。万々歳だ」
「祝福してあげませんとね。ね?ルナ」
「……うん」
きっぱりと頷けない私の肩に、なんだよなんだよ、とセイレンが腕を回す。
「もっと喜んでやれよー。それともナニ?お兄ちゃんがとられちゃうみたいで寂しい?寂しいのかなールナは?」
「もー、セイレンはすぐそういうっ!そりゃ、寂しいけどさー」
素直に祝福できないのは、それだけじゃなくて。
「だって、エルザがあんまり喜んでないみたいだから……」
「それはー、あれじゃん?あいつも大人になったってことじゃん?」
「騎士になるのも、結婚するのも、ゴールではなくてスタートですものね。気を引き締めているのでしょう」
「なぁ」
二人はそう言って顔を見合わせたけれど。
どうもあのエルザの様子からは、それだけとは思えなかった。
納得しない私を見て、二人は取り繕っていた笑顔を困り顔に変えた。
ぽん、と後ろから頭の上に手のひらが乗せられる。
「ルナはよく気のつく子だなぁ」
「ジャッカル」
「お前はいちいちルナに触んなっ」
テーブルの向こうから威嚇するセイレンをかわしつつ、ジャッカルは続けた。
「あいつも、思うところがあるんだろうな」
「考えさせるようなことが、たくさん起こったしね」
ジャッカルの後ろから、ユーリスもやってきた。ジャッカルの手が私の頭の上から離れる。
ユーリスは軽く息を吐いた。
「じゃあなんだよ、まさか拒否したりしねえだろ? なんたってこのためにいままでやってきたんだからさぁ」
「安定した生活を得るために騎士になる……そのために僕たちはここまできた」
「私は――」
セイレンとユーリスの言葉を聞きながら、心の中にもやもやと蟠るものを捕らえようと、口を開く。
「確かに、騎士になれば安定した生活が送れるんだと思う。でもね、そんなことよりも私は」
酒場にいる、仲間たちの顔を一望する。
ここにいない、二人を思い浮かべる。
「――私は、皆と一緒にいられるほうがいいよ」
明日はどうしているかわからない、その日暮らしの生活でも、そんなに悪くなかったって、今は思う。
また、クォークと、エルザと、皆で洞窟に乗り込んだり、森へ薬草を探しに行ったり、盗賊の討伐に向かったりしたい。
マナミアは、私に優しい視線を向けて、微笑んだ。
「大丈夫ですわ、ルナ」
暖かく、いつも私を包んでくれる柔らかな声。
「クォークさんも、エルザさんも、皆のことを考えているのですから。彼らが選んだことなら、それはきっと私たちにとってもいいことですわ」
「マナミア……」
いままでもそうだったでしょう、と深い確信に満ちあふれた声音でマナミアは言う。
「信じましょう」
肩に手が置かれて、そっと力が籠もった。見上げれば、ユーリスも笑みを浮かべ、私に頷いてみせた。
私たちは一人ではなく、皆で進んでいく。
共に歩んでいく。
今までも、これからも。
どうか、私たちが選んだ道が、正しくありますように。
ざわつく胸に陰を落とす不吉な予感を覚えながら、ただそう祈るしかなかった。
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