教えてくれたのは [ 18/37 ]
「育てたって……」
先を促すようなユーリスの声に頷いて、私は答えた。
「本当の両親の顔、知らないんだ」
捨てられたのか、売られたのか、死んだのか、生きているのか、それも知らない。
「物心ついたときには、そうだったから」
自分を育てた人が血縁者でないことは知っていた。
辛くはなかった。今でも、両親というものの存在は私の中ではとても薄ぼんやりとしていて、それがどういうものなのか、よくわからないでいる。
いてほしかったとか、会えるなら会いたいとか、そう思えるほどの重みを、その存在から感じられない。
「その人たちに、魔法を教えてもらったしね」
きっと、並よりはいい暮らしをさせてもらっていた。魔法だけでなく、いろいろなことを教えてもらった。武器の扱い方も、足音を忍び気配を消す方法も。
「でも、私はその人たちの期待するものを見せられなかったみたいで」
売られちゃった。
魔法はそう強くなく、身体能力も高くなくて、取り柄がなかった。だから、使いものにならないと判断された。
「他にも二人いて。三人で売られる途中に逃げ出したの」
闇雲でも、必死だった。とにかく逃げることだけを考えた。
「だけど二人とははぐれてしまって。それからは私一人だった」
いろいろなものを憎みながら、世界中を呪いながら、私は生き延びた。私を長らえさせたのは、売った人たちが仕込んだ技術だった。
「それでも私みたいな半端ものを受け入れてくれるほど大地は生やさしくなくて、ほとんど死にかけてたときに――クォークが私を拾ってくれた」
「そう――だったね」
悲しそうにしながらも、笑みを見せるユーリスに、私も肩を竦める。拾われたときの私の状態は、それはひどかった。
「ぼろ布みたいだったでしょ」
「だって、あんまり泥だらけだったから……忘れろよ」
ユーリスが私を見て眉をしかめて言ったこと。どうしてか妙に覚えてる。本当に酷かったかだろうから、それも仕方なかった。安宿でも暖かな暖炉のある部屋で、小ぎれいな人たちに囲まれたら、自分がどれだけ人間から離れてたのかを思い知らされたし、その思いを的確に表したのが、きっとその言葉だったから。
「クォークも、マナミアも、エルザも……皆、すごく優しくしてくれた。私が回復するまで、ずっと世話をしてくれた。それで私は、私でいることができた」
「ルナ……」
「ユーリスも、ね」
顔を背けたユーリスを覗き込む。
「たくさん、仕事してお金を稼いだり……、薬を手に入れたり、してくれてたんだよね」
「なっ、誰がそんなっ……!」
「皆だよ」
皆が、教えてくれたんだ。ユーリスは、一度も笑ってくれなかったし、すぐにどこか行っちゃうけど。
ちゃんと、優しいんだよ、って。
「あいつらっ……」
ユーリスはぎゅっと眉を寄せて、頬を赤くする。ユーリスは照れ屋なんですのよ、なんてマナミアが言ってたっけ。
そのときはよくわからなかったけど、今はよくわかる。ユーリスは一見素っ気ないけど、本当は、暖かさを隠してるんだってこと。
「だからね、お返ししたかったんだ」
ユーリスが怪我したとき。少しでもお返しできたら。そして、打ち解けることができたらいいなって思ったんだ。
「そんなの、皆にしろよ……」
「もちろんしてるよ」
そういうと、ユーリスはむっとした顔になった。自分で言ったのに、なんで怒るかな。
思わず笑うと、ますますむっとなった。
なんとなく、余韻が尾を引いて、沈黙が降りる。しばらくして、ユーリスがぽつりと口を開いた。
「……両親を探したいとか、思わないの?」
「手がかりがないもの」
顔はもちろん、名前すら知らない。
「育ての親に聞けばわかるかもしれないけど」
「知りたい?」
ユーリスは優しい声で訊ねた。その声音に、少しだけ胸が疼いた。もしかしたら、両親を慕う気持ちってこんなふうなのかも、と一瞬思うけど、すぐにわからなくなった。
答えられない私に、ユーリスは笑みを見せた。
「もしそのつもりになったら、言ってよ。僕も手伝うから」
「……ありがと、ユーリス」
知りたい、とは今は思えなかったし、かといって知りたくない、と決断するほどの考えもなかった。けど、ユーリスがそう言ってくれるなら。いつか、そんな気持ちになるかもしれない。
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