想うこと [ 16/37 ]



「ユーリス?」

 おずおずと声を掛けてくる。こっちを伺うような声音が鬱陶しい。何をそんなにおどおどしてるんだよ。今まではこっちがどんな態度とったって、飄々としてたじゃないか。
 どんなに突き放したって、まるで構わずににこにこしてたくせに。
 そんなに悪いことしてたの?

「今日は、皆と何したの?」
「遊んだよ。ダイナがルナお姉ちゃんじゃなきゃやだって言って、勉強しないからさ」
「ご、ごめん」

 つっけんどんに言ってやる。謝られると余計に腹が立った。

「そっちこそ何してたんだよ」
「私は……」
「屋根の上に登ってひなたぼっこ?」
「みっ、見てたの!?」

 ルナはひっくり返った声を上げた。
 信じたくなかったけど、本当にあれ、ルナだったのか……。
 確信が得られて、驚愕が苛立ちを上回る。僕は立ち止まって、ルナを振り返った。

「一体、そんなとこで何やってたのさ」
「ご、ごめんなさいっ!」

 ルナはがばっと頭を下げた。
 かっと頬に血が上る。
「まさか、こっそり忍び込んで逢い引きってわけ!?」
「クォークの後を付けましたっ!」

 同時に叫び、

「……え」
「……え」

 同時に目をみはる。
 え……。
 え?

「なんでクォーク?」
「逢い引きってなに……?」
「いいいいいや、なんでもない」

 ぱっと自分の口を押さえて顔を逸らす。勢いに任せてバカなこと言っちゃった。そうだよな、違うよな……。ルナがそんなこと、するわけないよな。

「いや、ちょっと待ってよ、クォークの後をつけたって。まさか城で?」

 ルナは叱られた子供のようにしょげてこくんと頷いた。
 えっ、ちょっと待って、それはそれですごく色々突っ込みどころがある。
 手始めにどこから聞けばいいのかわからないくらいある。

「そんな……捕まったらどうなるかわかってるだろ!?」
「それは大丈夫だよ」

 こういうの得意だから、とルナは妙に自信ありげに言った。自信ありげっていうか、私魔法はまあまあ使えるよ、と言うときのあの顔だ。自分の能力を過信しない代わりに、卑下もしない。
 そういうバランス感覚がルナにはあるらしい。

「こういうのって、尾行が?」
「魔法と一緒に、叩き込まれたから」

 だからね、とルナは話を進める。どうして、と聞かれたくないらしい。

「城でクォークが何をしてるか、知りたいと思ったの。悪いことだって、わかってたんだけど」
「クォーク……クォークか」

 あの白騎士にばかり気を取られてたけど。
 そうか……クォークか。

「ルナはクォークに拾われたんだもんな」
「うん」

 最近クォークの様子が変だと、一番気にしてたのはルナだったじゃないか。皆、傭兵同士仲がいいって言っても、それぞれの考え方は違うし、ある程度割り切った付き合いで、その辺はシビアだ。
 その例外が、クォークとエルザ、そしてルナだった。彼らはもっと、別の絆がある。
 僕は、ルナがクォークに懐いてるのは家族のそれに近いものだと、勝手に思ってたけど。そうじゃない可能性を、全然考えていなかった。

「クォークが……心配なんだ」

うん、とルナは神妙に頷く。僕は今まで何を見てたんだろう。全然知らないじゃないか、ルナのこと。
 いや、今までは何も見ようとしてなかった。ルナが話しかけてくれて、笑ってくれて、それが当たり前で。
 でも、それは思い上がりだったんじゃないか?
 花火だって、本当は僕と楽しみたかったんじゃなくて。

 ああ最悪だ。
 僕は何にもわかってないじゃないか。
 馬鹿だ。
 心底馬鹿だ。
 自分の思いでいっぱいいっぱいで、ルナが見ているのは誰か、まったく気づきもしなかったなんて。

「でも、わからなかったんだ。私、どうしても詰めが甘くて。クォークを見失っちゃった」
「そっか……」
「それで、タシャさんにクォークのこと聞いたんだけどね」

 でもやっぱりわからないや、とルナは肩を落とした。
 僕は馬鹿なだけじゃなくて、最低な奴だ。今、落ち込んでるのはルナなのに、素直に慰めたいと思えない。
 独占欲だの、嫉妬だの、自分でも驚くくらいだよ。
 こんなに、激しい思いがあるなんてさ。

 母さんを守れなくて、父さんを憎んで、村を憎んで、自分を痛めつけてもなんとも思わないくらい、今振り返ればずいぶん振り切れてた時もあった。
 でもこれは、それとは全く違っている。

 すごく切なくて、苦しいんだ。
 そんな奴のこと考えなくていいんだ、ルナが苦しむことないんだって、耳を塞いでしまえたらいい。でも、そんなことをしたらルナを傷つけるだけだってわかってる。
僕はあのときほど子供じゃないし、あのときみたいにすべてを破壊したかったわけじゃない。
 むしろ今は反対で。
 君を守りたいと願ってるのに。

 僕の炎は君を守る力になれるだろうか。
 もし一歩間違えたら、君まで巻き込んでしまいそうだ。
 あのメテオだって。
 もし制御しきれなかったら、どうなっていたかわからない。

 この石が僕に囁くんだ。
 押さえ込む必要なんてない。
 おまえには力があるんだ。
 ひと思いに解放してしまえ。
 そうすればすべてほしいままとなる。

 いつまでも、抗う自信はない。
 いつか押さえきれなくなるときが、きっと来る。
 たとえ君の心に誰がいようとも。

 僕は君が好きだ。


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