力の対価 [ 14/37 ]


 落ちた眼帯。興奮した声。振り返った右目に嵌った、硬い石。
 周辺を焼き尽くした炎。

 それらが瞼の裏に焼き付いていて、忘れようにも忘れられなかった。目を閉じると、余計に鮮明になるみたい。
 何度も何度も寝返りを打ってぐしゃぐしゃにしてしまったベッドが心地悪くて、私はとうとう起き上がった。
 マナミアもセイレンも、とっくに寝てる。起こさないように、そっと部屋を抜け出した。なんだか寝苦しい。外の空気を吸って、体を伸ばしたかった。



 外の空気は冴えていて、どんよりしていた頭をすっきりさせてくれた。
 ぐっと、伸びをする。
 夜の街は静かだ。完全に寝静まる時間にはまだ早いから、物音はどこかから聞こえる。人々の働く音を聞きながら、ゆっくり歩いた。

 気がつけば、川沿いまで出ていた。宿からそう離れてるわけじゃない。
 暗い水面に月が映っていた。
 下へ伸びる階段を見つける。花火の日に、ユーリスと一緒に降りたんだ。

 花火、綺麗だったな。
 次から次に上がる光の花は眩くて、紺の花壇によく映えていた。ずっと見ていても飽きることはなさそうで。階段を降りるときに転びそうになったんだっけ。ユーリスが支えてくれて。
 あのとき掴まれた掌の力強さとか、肌に感じた吐息とか、花火に照らし出した横顔とか。
 全部が、ゆっくりと、心の中に流れ出す。

 あの日も夜はなかなか寝付けなかった。でも、とても楽しい夢を見た気がする。
 そのときの暖かさの欠片が、心に温もりを灯してくれる。
 よかった、眠れそう。

 明日、ユーリスに聞いてみよう。もしかしたら、話してくれるかもしれない。
 右目の秘密を。


 ***


「ルナ、ちょっと出掛けない?」

 朝、ご飯を食べ終わったあと。私が声をかける前にユーリスから誘って来た。私はなるべく普通を装って頷き、ユーリスに連れられて宿を出た。
 眼帯は修理したみたいで、元通りユーリスの右目を隠してる。
 横顔はまっすぐ前を向いたままで、私もちらりと見上げただけで目を逸らし、黙って歩いた。



 ユーリスは路地へ入り、教会の側に腰を下ろした。

「ここなら静かだからね」

 ユーリスはそう言うと、眼帯の紐に手を掛けた。私はどきどきしながら、ユーリスを見つめていた。ぱら、と眼帯が外れ、ユーリスは閉じていた右目をゆっくりと開いた。
 そこにはあるはずの眼球はやっぱりなくて、代わりに石が虚ろに嵌ってる。

「驚いた?」
「うん。どうしてそんな、風に?」

 目に石を入れるなんて、聞いたことない。ユーリスは肩の力をちょっと抜いて、右手で目元をなぞった。

「僕はもともと、魔法が弱かったんだ」

 前も、言ったよね、とユーリスは言う。メビウスくんと話してたときのことだ。あのときは、たくさん勉強すればこんなに強くなれるんだよって、メビウスくんを励ましたんだと思ったんだけど。

「どうしても力が必要だったんだ。強くならなくちゃならなかった」
「それで……?」

 ユーリスはこくん、と頷く。

「これは太陽石って言って、グルグ族にしか採掘できない貴重品なんだ。中に炎を宿してる。僕の炎を増幅してくれるんだ」

 ユーリスは眼帯を付け直そうとしたけど、私は思わず止めた。

「ルナ?」
「よく見せて」

 ユーリスの前髪をちょっと避けて、僅かに身を退いたユーリスの右目を覗き込んだ。これが太陽石。炎の力を封じた石……。

「これで、力を引き出してるの?」
「そ、そうだけど……」
「でも、あの炎はいつもよりずっと強かったよ」
「メテオのこと? あれは、たまにしか撃てないから……てか見過ぎなんだけど」

 もういいだろ、とユーリスを目を閉じて顔を背けた。もう少し見たかったのに。

「こんなもん、まじまじ見たって気持ちいいものじゃないだろ」

 そう言って、手早く眼帯を装着してしまう。手慣れた様子だ。右目の周りの皮膚の具合を見ると、処置を施したのは大分前だろう。

「どうしてそこまで?」
「……強くなくちゃ、生きていけないからさ」
「痛くない?」
「時折疼くけど、別に問題ない」
「そっか」

 ユーリスはなんでもないように言った。

「話してくれて、ありがとう」
「……別に。元々、いつか話そうって思ってたことだったし」
「ほんと?」

 ユーリスは微笑んで頷いた。

「僕はさ、海沿いの、小さな村で育ったんだ」

 そして、ユーリスはその半生を、静かに語ってくれた。
 お父さんは村一番の戦士だったこと。
 そのお父さんを、とても尊敬していたこと。
 ある日、村が魔物に襲われて、その日依頼、お父さんの乗った船が行方不明になってしまったこと……。

「皆、父さんは逃げたんだって言った。僕は違うって信じたかった。でも、父さんは帰って来なくて……」

 ユーリスはお母さんと一緒に、村を出なければならなくなった。二人だけで暮らしていくには、厳しすぎる環境だった。

「辛いのは父さんがいないせいだって、ずいぶん父さんを恨んだときもあった」

 真相が分かったのは、ごく最近。最初のグルグ族の襲撃の後、奪った船でグルグの前線基地を目指していた途中のことだった。

「父さんは、逃げたりしてなかった。僕たちのことを守るために、命を掛けてくれていたんだ……」

 ユーリスは、ダガーを抜き、私に手渡した。凝った意匠の、使い込まれたダガー。ユーリスがお父さんから受け継いだもの。

「僕は父さんを誇りに思う。最後まで勇敢に戦った、父さんのことを」
「ユーリス……」

 ユーリスの表情は晴れやかで。最近、よく笑ってくれるようになった。ずっと苦しんでいた過去を、乗り越えたからなんだろう。

「いつか、村に戻って父さんの名誉を回復するのが、今の目標だよ」
「そっか」

 ダガーを鞘に大切に戻しながら言ったユーリスに、私は言葉を続けようとして、できなくなる。ユーリスは左目をこっちに向けて、そんな私を見つめた。

 一緒に行きたいって言ったら。
 ユーリスは連れて行ってくれるのかな。

「さて、そろそろ戻ろっか」

 街の鐘が鳴り響く。

「うん」

 ベンチから立ち上がり、私たちは宿へと戻った。



 ユーリスは強い。
 私が思ってたより、ずっと。
 前を歩く背中を見て、切なくなる。
 どれだけの重みに耐えてきたんだろう。
 ユーリスの背中はまっすぐで、へこたれない。

 きっと、これからも。
 魔石を使って、本来のもの以上の力を引き出して。その体を酷使しても。
 それすら、受け入れてしまってるんだね。


 私は何も言えなくて、ユーリスの一歩後ろを歩きながら、ユーリスの背中を見つめ続けていた。

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