蝕む炎 [ 13/37 ]



「大丈夫?」

 仕事へ行こう、という前。眼帯を抑えていたユーリスに声を掛けた。
 ユーリスは左目を私に向け、眼帯から手を離した。

「いや。……ちょっと痒かっただけ」
「痒いの?」

 うん、と言ってユーリスは眼帯の上から擦る。外したらいいんじゃないのかな、と思ったけれど、ジャッカルが出発だと言ってユーリスは歩き出してしまった。

 * 

「この崖、リザードがよく出てくるのね」
「狩っても狩っても減りやがらねえ。うぜえやつらだぜ」

 うんざりして崖へ続く道を登る私とセイレンに、仕事がなくならなくていいだろ、なんてジャッカルは言った。
 それはそうかも知れないけど。

「騎士になってもリザード狩りじゃ、あんまり変わり映えしないね」

 ユーリスが皮肉った。そう。市民の安全を守るのも、騎士の仕事なんだろうけど。
 なんか違うなー、なんて、つい思っちゃう。
 もっと手柄を立てて、伯爵からの信頼を得られるようになったら、きっと変わってくるんだろう。

「地道に、かぁ」
「そういうこと、だね」

 ユーリスはにやりと笑ってみせた。それしかないね、と私も笑い返す。
 ともあれ、そこに敵がいるなら倒すまでだ。

「さぁて、狩りの時間だぜぃ」

 海に面した崖に立ち、二刀の一方を回転させて逆手に持つと、セイレンは舌なめずりして獲物を待ち構えた。
 テリトリーへの侵入者に気づき、岩壁の隙間や、崖の下から、ぞろぞろとリザードたちが集まって来た。

「おいセイレン、あんま深追いすんな!」

 岩を飛び越えて次々現れるリザードを斬り進んでいくセイレンにジャッカルが怒鳴り、剣を抜いた。ジャッカルは魔法使いだけど、剣を持たせてもかなり強い。
 そのとき、リザードが大きな魔物を従えて現れた。四つ足の獣が、狭い崖沿いの道を乱暴に突っ切って行く。

「待って、ジャッカル!」

 前衛の二人が魔物を避け、道の向こうへ退避していく。そうして私たちの前に開けた空間にリザードたちが続々と溢れてきた。ジャッカルとセイレンが遠のく。

「くっ」

 炎を放ち、蹴散らすけれど、すぐに後ろからリザードが溢れてくる。崖の切れ目の高いところから、ボウガンを撃ってくるアーチャーに詠唱が寸断された。エルザがあの力を手に入れてから、遠方の敵は気にせずに詠唱できていたけど。今日は、エルザはいないんだ。
 ジャッカルたちは、すぐには戻れそうにない。
 自分たちで、なんとかしないと……!

「ユーリス、私が前に出る!」
「待てっ、ルナ!」

 私はダガーを構え直すと、矢面に身を晒した。一本が太腿を掠める。
 目の前に飛んできた矢を叩き落とし、一歩前にいたリザードへ向かって切り上げる。

「チッ、すぐ終わらせてやるっ!」

 ユーリスが詠唱を開始したことに励まされ、敵に全神経を集中させた。
 格闘はからっきしだけど、私よりも、ユーリスの炎の方が何倍も強い。少しでも矢を減らして、ユーリスの詠唱時間を稼ぐ方が効率がいい。そう考えての判断だ。

 足元の砂塵が舞い上がって、咳き込む。
 ――そうだ!

 私は短い詠唱を早口に唱えて、リザードの足元に小さな、けれど爆発力のある炎を撃った。
 炎は地面に着弾するや爆風で渇いた砂を周囲一帯に巻き上げた。ユーリスに教えてもらった、火力の調節。上手く狙い通りにできた。
 リザードたちは目を押さえて動きを止めてる。
 アーチャーからも、しばらくはユーリスの姿を隠してくれるはず。

 そう思った時。

 粉塵を切り裂いて、一本の矢がすり抜けていく。
 その軌道の先にあるのは。

「――ユーリスッ!」

 息を飲んで振り返る。矢が、ユーリスの右のこめかみを掠めた。銀の髪が数本、キラキラと宙を舞う。
 ユーリスの詠唱は止まってない。ぱら、と紐が切れ、眼帯が地面へ、落ちる。

「お前ら……、ルナに傷でもつけてみろ……!」

 詠唱が終わり、ユーリスの手のひらに炎が燃え上がる。
 あまりの威圧感に、リザードたちも不穏な空気を肌で感じて動きを止めた。

「そらぁっ! 喰らいやがれェ!」

 甲高い、猛り狂ったような笑い声と共に、見たこともないほど強力な炎が撃たれた。
 プロミネンスよりずっと、ずっと強力な。全てを、芯まで食い尽くしてしまいそうな熱量が、私の頭上を横切っていく。
 炎は周辺のリザードを飲み込み、一瞬で焼き尽くした。

「ふ、はは、どうだっ……」
「あっ、ユーリス……っ!?」

 ぐらり、と体が揺れて、私は慌ててユーリスに駆け寄った。

「見たか!」

 ユーリスは肩を震わせながら焼け焦げた地面を指差した。

「すごいだろ! 全部焼き払ってやったぞ!」
「っ!」

 こちらを向いたユーリスに、息を飲んだ。眼帯が外れ、初めてユーリスの右目が露わにされた。
 そこに、ひんやりとして綺麗なアイスブルーの瞳はなく、眼球の代わりに、赤みがかった、硬い石がはめ込まれていた。

 ユーリスは私の驚いた顔を見て、はっとしたように手で右目を隠した。
 身を屈めて足元の眼帯を探し、拾い上げると、そのまま私に背を向ける。

「その目、どうしたの?」
「……ちょっとね」

 眼帯、付けられないや、と切れてしまった紐を見せる。私はスカーフを解いてユーリスに渡した。ありがと、と言ってユーリスはスカーフで右目を覆う。

「……向こうも、片が付いたみたいだよ」

 ユーリスの見る方へ目をやると、セイレンとジャッカルが戻ってくるところだった。

「ルナ、ユーリス、無事か!」
「ルナーっ!」

 セイレンが駆け寄って来て、私の頭をぐっと抱き寄せた。

「ごめんな! 離れちゃって!」
「う、ううん」
「よく切り抜けたな。偉いぞっ」
「それは、ユーリスが」

 ユーリスは私を振り向き、小さく笑った。

「ルナのおかげだよ。すごいかっこよかったんだから。雨のように降り注ぐ矢を片っ端から叩き落として」
「マジ? やーんあたしも見たかったぁ!」
「お前が突っ走んなきゃ、ルナも無理せずにすんだんだぞ」
「わーってんだよ! るせーな! もうしないからな、ルナ」
「ううん……」

 セイレンに背中を叩かれながら、私はユーリスの背中を目で追った。
 ユーリスは私に気づかず、歩いていってしまう。
 それから、ユーリスに目のことを訊ねる機会を失ったまま、私たちは宿に戻った。


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