黒い渦 [ 12/37 ]



「クォーク、最近元気ないよね」

 そう言って、溜息を吐く。カラン、とストローが揺れて氷が鳴った。

 ――理由はそれか。

 ここ数日、なんとなく気が漫ろで、笑顔が晴れないように見えたから。
 気分転換でも、と思って散歩に誘い、カフェで一服することにした。
 散歩中、話しかければ頷くし、冗談には笑うこともあったけど、いつもなら能天気なくらい明るい顔は、どこか曇りがちだった。

 何か気になることでもあったのか。
 色々想像してみたけれど、僕には思いつかなかった。

 エルザが騎士見習いになって、僕らもアルガナン伯爵お抱えになったんだ。
 傭兵稼業をやらなくても済んで、これ以上何があるっていうんだろう。

「クォークが?」

 うん、とルナは頷いた。

「なんだか、塞ぎ込んでることが多くて」

 そうだったろうか。と考えてみると、そもそもクォークの姿自体、あまりみていない。
仕事は別だし、食事の時間も合わなくなったから。

「連日城に詰めてて、疲れてるんじゃない?」
「うん……」
 ルナはぼんやりと頷く。

「一回ね、城で顔を合わせたとき、話をしようとしたの」

ぽつりと話し始める#bk_name_1#の表情に戸惑いと、悲しみが浮かぶ。

「でも、仕事中だ、話しかけるなって。言われちゃった」
「クォーク、怒ると怖いからね……」

 それこそ普段甘やかしているルナやエルザ相手だろうと、怒るときは怒る。
 あの体格にあの声だから、そりゃもう迫力ある。

「それから、全然話できなくて。声を掛けても、すぐどっか行っちゃうから」
「ふぅん……」

 肩を落として、すっかりしょげてる。
 確かに、変だな。人一倍周りを見てるクォークが、ルナが寂しがってることに気づかないなんて。

「まぁ、騎士への道が開かれたから、気合入れてんじゃない」
「そうかな」
「そうだろ。今回のことだって、一番喜んでたのはクォークじゃないか」

 エルザがトリスタ将軍に弟子入りしたと知って、べろべろに酔ってたのは僕も知ってる。あんなに酔っ払うクォークは初めて見たから、ちょっと驚いたくらいだ。

「ルナはタシャに弟子入りしないの?」
「弟子はとらないって言われた」

 すでに頼んだ後だったのか……。
 まあ、タシャ自身が将軍に師事してるんだから、さらに弟子を取るのは無理だよね。

「エルザが騎士見習いになれたのは、異邦の力があるから、っていうのもあるしね……。どっちにしろ、僕たちはもうしばらくは傭兵のままだ」
「うん」

 ルナはストローを指で摘み、氷をからから鳴らす。
 まだ心ここにあらず、って顔だ。

「何か心配なの?」
「うん……」

 ルナはストローからすとんと手を離すと、指を組んで息を吐き、物憂げに床へ視線を落とす。片肘を着いて、そんなルナを眺めていた僕の中に、ぐるぐると渦巻き始めたものがあった。
 前にも、こんな風に鎌首をもたげた、黒い蛇。

 一緒にいるのは僕なのに。
 こっちだけを見ていて欲しい、なんて。
 すごく幼稚だ。
 ただの、お母さんを独り占めしたがる子供だ。


 それでも。
 君を独占したい。


 思いは、鬱陶しいくらいに。
 募っていく。
 深い闇から、湧き上がって来て、僕の視野を狭くする。

 一つの目に映せるのは、一人だけ。

 今は、君だけ。
 僕を見ない、君だけ……。



 ねえ、これが恋だっていうんなら、ずいぶん厄介な感情だ。
 煩わしくて、危なっかしくて、短気過ぎる。

 僕は不安だ。
 この炎が、君を傷つけてしまうんじゃないか。大切なもの全部、焼き尽くしてしまうんじゃないか。僕に押さえられるだろうか?

ずっと、右目が疼いて、たまらない。

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