触れたい指先・その後2 [ 9/37 ]



「ルナはさ、火力の調整が下手だから」
「うん」
「前衛に回ってくれる?」
「わかった」

 ルナはあっさり頷くと、ダガーを右手に持ち替えた。

「ユーリスは」
「ん?」
「どうやって微調整してるの?」

 僕は足元の草を払いながら答えた。

「この草や、あの木の枝を焼くのに、それぞれどれくらいの力がいるか。実験して、経験を積むこと。それが一番かな」
「なるほど」
「ルナは、いつも対象に全力をぶつけることしか考えてないでしょ」
「あ、わかる?」
「わかるよ。見てれば」

 つまり、細かい調整を放棄してるんだ。そもそも。

「少しはセーブすることを覚えないと、こういうときに困るよ」

 はーい、と言ってルナはくすくす笑った。
 女って、よくわからないタイミングで笑うよね……。
 今、僕ダメ出ししてたんだけど。

「ね、ユーリス」
「何」
「もう、怒ってない?」

 ぴたりと足を止めて。
 僕の顔を下から覗き込んだルナ。
 ぱっちりとした目が、僕を上目遣いに伺っていて。
「な、なんでだよ」
「今朝、おはようって言っても返事してくれなかったから」
「そうだっけ?」

 自然を装いながらルナから離れ、ずんずんと先へ進む。
 びっくりした。
 突然近づくの、ほんとやめてほしい。

「そっか。よかった」
「……それでマナミアと代わってもらったわけ?」

 むしろマナミアの入れ知恵っぽいな。僕が昨日なんでイライラしてたかは、彼女も察しがついてたっぽいし。
 うん、とルナは頷いた。

「……なんで怒ってたか、聞かないの?」
「教えてくれるの?」

 頷いたきり、気が済んだのか軽い足取りで歩いて行くルナに、物足りなさを覚えて思わず聞いてしまったけれど、もちろん教えるつもりはなかった。
 だいたい、なんて言えばいいのさ。そんなこと。

「あれは、ちょっと虫の居所が悪かっただけだから。ルナは悪くないってことだけ、言っとくよ」
「そうなの?」

 そうなの、と言い切って、それでこの話は終りにすることにした。だらだら引き伸ばしても、いいことない。
 ルナは手近な枝からおもむろに葉っぱを一枚ちぎった。

「この葉を燃やすには、どれくらい力を使えばいいかな」
「そうだな……指先だけに力を込めるイメージでやってみて」

 そうアドバイスする。ルナはじっと葉っぱを見ながら集中を高めたが、手に迸る熱の量にひやっとして慌てて止めた。

「ストップ! 指先だけって言っただろ!」
「え? 多かったかな」
「かなりね……」

 本当に大雑把だな。よく魔法を覚えられたものだと感心するくらいだ。

「いいかい、僕がやってみせるから、感覚を覚えて」
「うん」

 僕は葉っぱを持つルナの手に、自分の手を重ねた。
 僕の手から生まれた熱が、ルナの肌を照らし出す。
 ぽっと葉っぱは火に包まれて、一瞬で燃え尽きた。ひらひらと、燃え残った葉脈が舞い落ちる。

「……わ、すごい!」
「これでわかった?」
「うん、やってみるね」

 ルナはさっそくもう一枚葉っぱをちぎると、意識を集中した。
 今度はあっという間に炎が生まれ、チリっと葉っぱを焦がした。

「あつっ」

 先の焦げた葉っぱを取り落として、ルナは手を引っ込めた。

「大丈夫か!?」

 驚いて手を伸ばすと、ルナは白い両手をひらひらさせてみせた。

「大丈夫大丈夫、ちょっと熱かっただけ」

 火傷してないよ、と白い肌を見せる。なんだ、驚かせて。
 ほっとしつつも、伸ばした手のやり場がなくて、腕を組んで落ち着けた。

「まったく……。今は仕事中だし、特訓はまた今度にしよう」
「うん。ね、そのときはもう一度さっきの、やってくれる?」

 さっきの。手を重ねて、魔法を使って欲しいということだろう。
 すぐに答えればいいのに、僕はちょっと黙ってしまった。
 魔法のコツを教えるだけだったから、あのときはすんなり手を伸ばせたのに。
 今、それを少し後悔してる。

「……まあ、まだ感覚掴めてないみたいだからね……。いいよ」
「やった」

 ぱっと微笑んだ顔に、ほっとする。

「約束ね」

 はいはい、と軽く流して、僕は歩き出す。
 まったく、どうしてこんなに。
 森に入る前と、今とじゃ、心の重さが正反対だ。
 『約束』の言葉ひとつとってみても、あのときはひどく憎らしい響きだったのに、今は明日を楽しみに浮き足立たせる力を持った。
 君のせいで、こんなにも僕の心は落ち着かない。


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