彼の南
魔導士の背中を見送って、暗い木立をいつまでも見つめていると、シュマルの声がきこえた。
「三人は監視をつけて天幕に戻しました」
「ご苦労」
相変わらずの素早い動きで、背後から俺の脇に回り、こちらを覗き込んでくる。
茶色の瞳は子供のように、好奇心一色だ。
「…何だ」
「良かったのかな、と思って。逃がしたのがバレたら相当まずいですよ?」
「問題ない」
「ないわけないです…。誰の命令だか、分かってます?」
捕虜を都[カルサ]に連れて帰れと言い出したのは、貴族か王族だろう。
「命令通り連れ帰った所で、頭のわいた貴族か王族の玩具になるのが落ちだ」
戦場には一歩も足を踏み入れる事なく、自己の利益だけを考えるクソ共。
考えただけで虫酸が走る。
「あ、コワい顔」
軽口をかわすように、野営地へ体を向けた。
「戻るぞ」
はい、と歯切れのよい返事をして、シュマルが先に立つ。
「出発まで、あまり時間がないな」
「寝る時間はなさそうですね。…馬上で寝ないでくださいね、ジェイル様」
返事の代わりにふん、と鼻を鳴らして、一度だけ、後ろを振り返った。
森はただ暗いばかりで、何の光もない。
木立の囁く音だけが、その存在を主張している。
都に背を向け、北[ここ]へ来た。
麗しの故郷は、南――。
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