氷食む獣

日の暮れて間もない、王都・エルティスの歓楽街に豪華な四頭立ての馬車が一台停まっていた。
御者台から、従者は車内の人物に向かって問う。

「ヴァルアン様、人が増えて参りました。いかが致しましょう」

「仕方あるまい。一度、屋敷に戻り馬車を替えてお迎えに上がろう。この馬車では目立ちすぎる」

ヴァルアンと呼ばれた車内の青年は苦笑いしながら返答する。
品の良い上質な衣に、艶やかな金の髪。
その焦茶の瞳は困惑の色に染まっていた。


宮殿での貴族議会の帰りに公用車で遊廓に乗り付けるなど、本来ならあってはならない事だ。
しかし当主である父親に行け、と命令されれば、ヴァルアンは拒否する術を持たない。
それで渋々、父を高級遊廓に送ったあとだった。

上級貴族の一、グライス家の公用車ともなれば、見ただけでそれと分かってしまう者もいるだろう。
馬車溜まりに置いておくより、一旦屋敷に戻り、父の遊びが終わる頃に私用車で迎えに来るのが得策だと思われた。

「父上にも、困ったものだ…」

齢六十に手が届こうかというにも関わらず、花柳の遊びがやめられない父にため息をつきながら、御者台に命令する。

「遠回りになっても良い。なるべく人目につかない道を行ってくれ」

小さな返事と、鞭のしなる音。
車輪が綺麗に舗装された道をカラカラと進むのを聞きながら、ヴァルアンは目を伏せた。

――そんなに娼妓に金をはたいて、何が楽しいのだろうか。

ヴァルアンには正室と側室が数人いる。
父はヴァルアン以上に室持ちだ。
会ったことのない腹違いの兄弟姉妹すらいる程なのに、あの欲はどこからくるのだろう?

――それとも。

娶された姫と、自ら選んだ女性では何か違うのだろうか。
廓遊びをしないヴァルアンにはいくら考えても分からない事だった。




人目につかない道を選んで馬車は進む。
裏通りと言ってよい道を通り過ぎようとした時、突如罵声が響いた。

「てめぇ!いい加減にしやがれっ!」

「おとなしくついて来いよ!」

馬車の車輪が止まる。
どうやら進行方向で揉め事が起こっているようだ。

「ヴァルアン様、他に馬車の進める道がございません」

狼狽した御者の声に、ヴァルアンは窓を開けて道の先の様子を窺う。

「離して下さい。困ります」

「何が困ります、だ。お高くとまりやがって!」

「そうだ。早く来いっ!」



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