夏の庭にて

色とりどりの花に囲まれて、アレン様は今日も庭で読書をなさっている。
僕はその傍らで、草木の手入れをしながら時々アレン様を盗み見る。


僕、ハルア・シェードが貴族であるアレン様の家、デュロイ家の庭仕事に初めて来たのは二年前の事。
その時はまだ見習いで、親方と一緒だったけれど今は違う。
一人でこのデュロイ家の庭を任されている。

一方、僕の瞳に映るアレン様の姿は二年前から少しも変わらない。


本に目線を落とす時の伏せられた睫毛の長さ。
揺れる、胡桃色の前髪。
その下に隠された、穏やかな薄紫の眼差し。
本のページを繰る、白い手。


庭に設けられた白い四阿[あずまや]の長椅子に腰掛けて、ページを捲るアレン様のそんな姿を見つめると、僕の胸はきゅうっと痛む。

美しいのは見た目だけではない。
その内面も美しく、優しいアレン様。
僕はアレン様のすべてに心を奪われている。



近くにあるアレン様の姿をしばらく見つめたあと。
仕事を再開しようと、青い蕾のついた花の苗を植える自分の手を見て、少し泣きたい気持ちになった。

一年中草木や肥料をいじっているせいで、荒れている僕の手。
爪の隙間には土が入りこんでしまっているし、花の棘や木の枝でついた小さな傷もたくさんある。


庭師の仕事は大好きだし、誇りを持っているけれど。


この手を見る度、アレン様と自分の住む世界はこんなにもかけ離れているんだと、思い知らされてしまうから。
自分の手はあまり好きじゃない。



「ブルー・パールの苗だね」

優しい響きの声に顔を上げるとアレン様が、しゃがんで土をいじる僕のすぐ傍に立っていた。
いつの間に、本を読むのをやめていたんだろう?
四阿からここまで、歩いてくる足取りに全く気づかなかった。

「…はい。明日から火の季節ですから。少しでも涼しくなるように、と思って」

ブルー・パールの花弁の外側は青。
その真珠のように丸い蕾が開けば、内側は光沢のある水色で、暑い季節に涼をもたらしてくれる花としてとても人気だ。

「そうだね。この庭なら暑くても快適に本が読めそうだなぁ」

一週間近くかけて、僕が火の季節に合わせて変えた庭を見渡しながらアレン様は微笑む。

「ありがとうございます」

その微笑みと言葉だけで、僕はとても幸せな気持ち。
頑張って、良かった。

「本当に、ご苦労様。仕事が終わったなら、一休みしないかい?」

四阿へ導こうと、アレン様が僕の手を取った。
僕は思わず、その手を払う。

「ハルア…?」

びっくりしたような、少し悲しそうな表情になるアレン様。

「申し訳、ありません」

アレン様から離した手を胸の前で重ねて、強く握る。
一瞬だけ触れたその温もりに、涙が出そうになる。



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