三日月を抱いて眠れ
華やかな宴のあと、身体に溜まった疲れと酒を抜く為にフィウゼーヌ・チェルニは与えられた部屋の長椅子に身を沈めた。
貴族の為に建てられた宴会場の宿泊用の一室。
たっぷりと綿の入った長椅子の座面は、目にも鮮やかな刺繍で埋まっている。
それに負けじと華やかな衣装のフィウゼーヌは、重たい肩掛けを外し無造作に放った。
手袋を取り、きっちりと固められた前髪をくしゃりと手で梳くと、零れた一房が肩の辺りまで届く。
白髪の混じり始めた前髪を一瞥し、靴を脱ごうと手を伸ばした。
その時。
樫の扉を叩く音が遠慮がちに響いた。
宴も終わり自室に戻ったというのに何事かとため息をつき、誰何する。
返答は、扉ごしにも耳に柔らかく澄んだ声だった。
「お部屋にお呼び頂き、ありがとうございます。ご所望通りハープを持って参りました」
何も所望した覚えのないフィウゼーヌは首を傾げて彫刻の施された樫の扉へ歩む。
扉の中ほどにある応答用の小さな窓をスライドさせると、低い所に赤みを帯びた金の髪が見えた。
「わたしは誰も呼んではいない」
フィウゼーヌが低い声でそう言うと、ぱっと上げられたのは、まだ少年の香りの残る顔。
困ったように眉を下げて、こちらを見つめている。
「チェルニ様のお部屋ではないのですか?…確かにこちらに行くように言われました」
不安そうに声を萎ませて、彼はハープを抱きしめるように抱えなおした。
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