南を離りて

今は昔。

これは、魔導大国・オズランデが「智慧の国」と呼ばれていた時代の話―――。





ロポロスの兵士達によって野に放たれた火は、暴れる炎と熱風をオズランデの陣営にもたらしていた。

戦火の中、オズランデの魔導士レーヴィニックは消火作業に追われていた。

呪文に合わせてふるわれる人差し指に光るのは、菱形の魔導士印章。
「水の特級魔導士」たる彼のそれは青く煌めく。

菱形の印章の下の先端では特級魔導士を表す、雫の形をした青い石が、やはり彼の指の動きに合わせてきらきらと揺れていた。


周囲の炎と黒煙を映して、荒んだ色に染まる瞳。

本来ならそこには、魔導士印章と同じように鮮やかな蒼い色を湛えているはずだった。



戦場では、どんなに澄んだ瞳を持った者も今の彼のように荒んだ色になる。

ロポロス兵の放った火矢に、森を焼かれ退路を確保するために、レーヴィニックを筆頭に水の魔導士達は奔走。

炎の魔導士は火の勢いを削ぐために、風の魔導士は熱風を抑え、また近隣に火の粉が飛んでいかないように。


火攻めによって、魔導士達はうろたえ、その足を乱す。

「レヴィさま、ここはもう無理です!炎が――もう」

背後で同じように水を操りながらも、少女は叫ぶ。

熱風が喉を灼いて、息をするのも一苦労だ。

瞳も、熱から守ろうと本能的にまぶたを重くして視界を確保しようとする。

煙と熱で霞む視界の中、自らの上官に少女は感嘆の息をもらした。


水場のない、炎に囲まれた森で、レヴィの周りには渦巻くような水の壁ができている。

「水を操る」のと「水を喚ぶ」のでは、魔法の質が全く異なるのだ。

本来なら操る水など、一滴もない。

にも関わらず、レヴィによって喚ばれた水の量たるや、その魔力が尋常でないことを示していた。

炎の花の爆ぜる中、レヴィは後ろの少女に声をかけた。

「君は、戻りなさい」

瞳は正面。
まだ、炎の広がっていない森の中。



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